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ものに名前をつけること

日本からフランスに越す時、手荷物で持って行けるだけの楽器や貴重品と同じく、ぬいぐるみも持ってきた。茶色い縮れ毛の、少しプードルのような、犬のぬいぐるみ。その子は、私が小学校三、四学年の時に、どこかで親に買ってもらったものだ。その後、特別に大切にしていた訳ではないのだけれど、いつも私の部屋のどこかにいた。そういえば、自分の人生の半分を共に過ごしている。先代のワンコと同じ時期に、隣にいた子だ。引っ越すのならこの子もというふうに、荷造りも終わりの頃、大きな登山用のバックパックの上部に詰めた。

関西空港のLCC便が発着しているターミナル2に向かうシャトルバスを待っている時、私はふと気になった。そういえば、犬のぬいぐるみのこの子には、名前がない。突然に、おもい立ったのだ。何か、名前をつけてあげなければいけない。今までそのことに気がつかなかったというのは情けないが、とにかくその時、その子に名前がないことに気がついたのだった。
この子に、何かいい名前はないだろうか?名前を思案し始めた私の背後に、細い竹で作られた垣根の、休憩スペースのようなものがあった。ああ竹だ、と心の中で呟いたその時、ピシャッと言葉の光のようなものが、頭の中に飛び込んできた。 「バンブー。そうだ、この子の名前はバンブーだ」
竹を英語に言い換えただけのこの言葉、まるで犬の身体に当てはまる音が聞こえるかのように、この子にぴったりの名前だった。以後ずっと、その犬のぬいぐるみはバンブーとして、その名前が家の中で定着した。当時、その場所にいなかった子どもも、その犬のぬいぐるみをバンブーと呼んで可愛がっている。

この「何かに名前をつける」というものは、なかなかに難しい。名をつけて、はいそうですか、というふうにはいかない。命あるものが産まれた時に名づける名前の重みとは違い、ぴったりとものに吸い付くように合う名前をつけないと、その名はすぐに忘れられてしまうのだ。現在我が家には、合計15体程のぬいぐるみが鎮座しているのだが、その中でしっかりと名前がついているものは、6体ある。内、元々から名前がついていたもの、パディントンやランビなどを除くと、それはたったの3体になってしまう。犬のバンブー、うさぎのララちゃん、カンガルーのポルだ。他の子はというと、各ぬいぐるみに属する動物の名前で、かばちゃんとかトラちゃん等と呼ばれている。幾度と名づけを試みたものの、ぴたりと当てはまりることはなく、今に至る。
このように、名をつけるというものは、大変に難しいものである。竹の生垣の前でバンブーと名づけることができたのは、奇跡だったとおもう。つい一昨日も、かばちゃんと貰い物のくまちゃんに名前をつけてみたが、ぴたりとはゆかずに、翌日にはその名は忘れ去られてしまった。ものに対する、名づけの壁。次にこの壁を崩すことができるのは、一体どの名前、どの子なのだろうか。

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