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【戦国ショートSF】在宅勤務が長すぎてそういう感じの気分になる織田信長

雨で煙る街並みは、火縄銃が放たれた合戦場のような、鈍い白色だった。

リモート勤務がはじまって3ヶ月が経つ。信長は会社から持ち帰ったノートPCに顔を青白く照らされながら、昨日までに仕上げるはずだった集計データを打ち込んでいる。白い格子模様が、いくつかの文字と数字で満たされていく。

エクセルに昔いたイルカが、いなくなってしまったことが寂しい。同僚の山田が「イルカは漢字で海豚と書くのだ」と嘲笑まじりにメッセージを送ってきた時、信長は無性に腹を立てたものだ。自分はこのイルカという動物が好きなのかもしれない、と気づいた時もその時だ。

イルカは健気だ。操作を元に戻す方法や、セルを結合する方法、魔法のようなショートカットを、なんに見返りも求めず教えてくれる。海にいるイルカもこのように親切で健気なのだろうか。いつか海にイルカを探しいってそれを確かめたい、と信長は思った。セルの文字を折り返してすべて表示する方法、教えて〜、と海に向かって聞いてみたい。

ただもう、イルカはいない。

世の中は、日々、何の変化もなく通り過ぎていくようで、俯瞰すれば、善し悪しに関わらず常に変化し続けている。文明が発展することも、天下人が移り変わることも、イルカがいなくなってしまったことも、そういった変化のひとつだ。近くではみえないが、離れるとみえるもの。なぞなぞのようだが、答えは「世界の変化」だ。

なぞなぞでもないか。

雨音が聞こえる。こうやって淡い思考のなかで、ぼんやりと仕事を続けているといろいろなことを思い出すものだ。初めて火縄銃を手に持った感触。父親の葬式で焼香をぶちまけた時の静けさ。焼き討ちした炎の織りなす色。昨日、ビデオ会議をオンにしたまま敦盛を舞っていたのを、田中さんに笑われたこと。

思考のなかで、部屋の中には、雨音とタイピングの音だけ。

出来上がったファイルを田中さんに送る。お疲れさまです、織田です。と少しだけ気持ちを込めて打ち込む。

田中さんはネコを飼っている。ビデオ会議で部屋の後ろを横切ったネコを、女性社員から「カワイイ」と言われた田中さんは、幸せそうに笑っていた。

信長は、自分も田中さんとのビデオ会議のときに、飼っているホトトギスが鳴けばいいのにと思った。もしも田中さんがホトトギスのことを好きなら、きっと幸せそうに笑ってくれると思う。「鳴いちゃましたね、ホトトギス」。そこかが何かが始まりそうな気がする。多分。

でも、もしも田中さんがイルカを好きだったら、それはそれで面白いな、と信長は思った。

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