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ビールの話

美人は三日で飽きるという。ビールは六杯で少し飽きる。同じジョッキに同じ色。あれほど愛おしいかったその姿は、僕の網膜にもういない。テーブルのメニューを手に取り、並んだ種々の酒を眺め一考する。さて、どうしようか。三秒ほど考える。すると右耳の後ろでチューハイと囁く声がする。プレーンチューハイ、と今度はハッキリ声がする。どうやら僕は注文を終えたようだ。──これは喩え話だ。

メニューを眺める行為は、ひとつの検査みたいなものだ。酔いの具合を確かめ、適切な七杯目を決める。その手順は実に簡易だ。メニューを上から順に追い、復唱する。値段の数字がうまく頭に入ってこないときはまずい。チューハイを頼むべきだ。文字から酒の味を想像できるときは調子がいい。チューハイを頼むべきだ。世の中の検査はこのようにして形骸化する。何をしようと、酔いつぶれるときは酔いつぶれる。(ところで僕はこれまでに三人の女性と真剣に交際し、二人の女性と不真面目に付き合った。三人の女性は美人だった。二人の女性は胸が大きかった。)

チューハイはすぐさまテーブルに届けられる。プレーンチューハイは不思議な飲み物だ。その清冽とした見た目に反して、飲酒のペースを加速する。一杯より二杯、二杯より三杯、酒はどんどん薄くなり、ジョッキの氷は溶けなくなる。そして酔い心地の良し悪しを曖昧にする。僕は重くなりかけた腰を上げ言い聞かせる。さあ、ここらが引き際だ。

会計を申し出て伝票を待つ間、この店で過ごした時間を振り返りおおよその金額を予測する。酔い心地が適切であれば、前後千円ほどの誤差で当たる。差し出された伝票は千円ほど安かった。いい店だ。外へ出ると、鈍く曇った頭の中に青い夜風が吹き込んできた。二軒目のカウンターに座り、僕は店員にビールと答えた。

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