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08.アルミの鍋焼きうどんとマンモス西

 ダイエット動画を観ていたら、「夏と冬、どちらが痩せやすいですか?」との視聴者からの質問にトレーナーがこう答えていた。「夏と比べ、冬は体温維持のために基礎代謝が上がります。なので冬の方が痩せやすいですね」と。それを聞いた私は「嗚呼、この人は他人の気持ちが分からない人なんだな・・・」と悲しい気持ちになってしまった。
  
 トレーナーをやるほどの人だ、きっと強い自制心があるのだろう。体作りのために食事をコントロールし、トレーニングも欠かさず行う。当人にとっては当たり前の事ゆえ、特段難しい事だと思っていないのだろう。確かにそのような人にとって冬は痩せやすいシーズンかもしれない。だが、私たちのような筋金入りの根性無しにとって冬は確実に増量シーズンだ。

 一応、私も中年太りにならない様に努力はしている。「中年男性の鍛えてますアピール」ほど痛々しいものはないが、話を進める都合上、痛々しいのを覚悟で言わせてもらう。筋トレはなるべく毎日行うようにしている。腕立て、ダンベル上げを中心とした上半身を鍛えるメニューと、スクワット、足上げ等の下半身を鍛えるメニューを一日交替で。それと有酸素運動としてウォーキングかエアロバイクを毎日一時間程度。まあ、おっさんとしては割と頑張っている部類に入るのではなかろうか。
 ちなみに横文字の方が響きがカッコ良いと思っているのか、腕立てをプッシュアップ、ダンベル上げをコンセントレーションカールと、わざわざ言い換えてる人がいる。お互いにジム通いやトレーニングをしてる人同士の会話ならともかく、普通の人との会話中に専門用語っぽい横文字を使うのは筋トレアピール以上に痛いので止めた方が良い。ジム通いから筋トレに目覚めた上司が、陰でさんざん女子社員にディスられてた現場に遭遇したことがある。「〇〇課長、腕立てをプッシュ何たらって言うんですよ。そんなの知らないって感じですよね(笑)」と。ちょっとした恐怖体験だった。皆さんも気を付けよう。
 
 さて、そうやって頑張っているのだが、どうしても冬になるとサボりがちになってしまう。そもそも、私の「ゆとりあるダイエットへの決意」は「疲れている」とか、場合によっては「気分が乗らない」、「モンハンやりたい」程度の理由でトレーニングを中止する事を認めている、非常にゆるふわな決意だ。そんなもので冬の厳しい寒さに勝てるはずがない。お外の寒さに耐えながらウォーキングをするより、炬燵に入ってみかんを食べていたい。
 これを書いてるのは11月。今年は急に寒くなったせいか、何週間もトレーニングをしていない。おかげで夏場はあんなに固かった上腕二頭筋も今ではダルダル、お腹周りもプッチンプリンを連想させるプルプル感だ。まったく、寒さというのは厄介なものだ。

 それと、冬は食欲旺盛になってしまう問題もある。「食欲の秋」、「天高く俺肥える秋」という言葉もあるが、常々私はおかしいと思っている。確かに秋になって暑さが和らいできたら食欲が出てくるが、秋が過ぎても食欲は変わらない。食欲の秋から食欲の冬へ。食欲の冬が終われば食欲の春。それが過ぎれば夏バテの夏だ。それに体温を維持するために多くのカロリーを求める本能なのだろうか、冬場の方がこってり、脂っこいものを多く食べてる気がする。

 とにかく、冬も食べ盛りのシーズン、おかわりと大盛りの季節だし、場合によっては夏だと食べないものを食べるようになる。まずはアイスだ。
 地球に優しくなくて申し訳ないが、夏場は室温をキンキンに下げているので、ひょっとしたら冬場よりも夏場の方が室温が低いかもしれない。よって、まったくもってアイスを食べる気が起きない。食べるとしても一本当たり66kcalの「ガリガリ君」や一個当たり70kcalの「赤城しぐれ」、そしてレモンの輪切りでお馴染みの「サクレレモン」、これが一番カロリーが高く134kcalと、全体的に低カロリーな「氷菓」ばかりだ。
 対して、冬は氷菓よりもハイカロリーな「フロリダサンデー」や「チョコモナカジャンボ」のような「ラクトアイス」や「アイスミルク」が食べたくなる。前者は257kcal、後者は314kcal。なんと、ガリガリ君とチョコモナカジャンボでは5倍近い圧倒的カロリー差だ。そして、これまた地球に優しくなくて申し訳ないが、冬は暖房をガンガンかけてるのでアイスが捗る。一日に2,3個食べる時もある。アイスだけでも冬場の摂取カロリーは爆増する。
 
 そして、冬が近くなるとあいつらが店頭に並びだす。コンロから直接加熱する、四角いアルミのあいつら。そう、鍋焼きうどんだ。平素から自分へのご褒美として、週に1回だけ晩酌後の締めにラーメンやうどんを食べる事を許しているのだが、冬場は鍋焼きうどんと後述する冷凍うどんのせいで週3回以上の頻度になってしまう。はっきり言って食べ過ぎだが、意思が弱いのでどうにも止まらない。
 寒い冬の深夜に食べる鍋焼きうどん。とても魅惑的だ。「今日はご褒美の日じゃないから食べてはいけない」と心の中で必死に抵抗しても、その誘惑に抗うのは至難の業だ。うどんの事で頭が一杯になってそわそわしてしまう。こんな時はボクサーとして減量しなければいけないのに、深夜、周りの目を盗んでうどんを食べていた事がばれて矢吹丈にぶん殴られたマンモス西(※1)の気持ちが良く分かる。うどんとはリスクを冒してでも食べたくなるのだ。マンモス西はジョーのマジパンチのリスクさえ厭わなかった。ましてや、太るリスク如きで止められようか?答えは、否だ。
 食べるにしても鍋焼きうどんの麺だけで止めておけば良いのだが、例の如く「食べてはいけない時間帯に、食べてはいけないものをモリモリ食べてる」という背徳感もスパイスとなり、刺激されまくった胃袋が暴走するのも毎度のことだ。欲望のリミッターが外れて自暴自棄、もうダイエットなんかどうでも良くなる。「一人殺すのも二人殺すのも同じ」と考える犯罪者よろしく、「300kcal採るのも600kcal採るのも同じ」と、残ったスープに冷ご飯をぶち込んで煮込み、そこに溶き卵を入れてもう一煮立ちさせ、ネギをかけたら雑炊の完成だ。「鍋焼きうどんを食らわば雑炊まで」、完璧な流れだが、罪深い流れでもある。
 そして食べ終わったら「明日から頑張ろう」と決心するのも毎度の事なのだが、輝ける明日は今日を頑張った者にしか来ない。根性無しの明日は今日と同じだ。つまり、また鍋焼きうどんを食べる明日しか来ない。
 そもそも、鍋焼きうどんを常時ストックしてしまう事が問題なのだが、私も春になればてりたまバーガーを食べ、夏になればハワイアンバーガー、秋に月見バーガー、冬にグラコロと、四季を愛でる日本人らしい気質があるので、冬の風物詩である鍋焼きうどんを見かけるとついつい手に取ってしまう。それも手に取るどころか、キツネうどん、天ぷらうどん、牛すきやきうどんと、金に物を言わせて売り場にある全種類を大人買いでコンプリートだ。
 ちなみに私がお世話になっているのは「五木食品」の「鍋焼ききつねうどん」だ。甘いお揚げと甘いスープ。そして煮込むとデロンデロンになる麺。丸亀製麵とは真逆のベクトルだが、これはこれで良い。飲み過ぎて弱っている胃に優しい。晩酌の締めに最高だ。更にコスパが良い上に常温で長期保存も出来る。インスタント麵として完璧だが、ダイエッターにとってはその完璧さが恨めしくもある。

 それに加え、近年はレベルの高い冷凍食品のうどんが売り場に並んでいるから悩ましい。そして冷凍うどんと言えばキンレイだ。
 最近はキンレイの鍋焼きうどんもスーパーやドラッグストアで見かけるようになったが、私が学生の頃は主にコンビニで売っていたと記憶している。デフレの嵐が吹き荒れる時代に驚異の小売価格500円台で冷凍ケースの中に鎮座していた。当時は「こんな高級品を買うのはきっとやんごとなき御身分で、お金持ちのお大尽様なんだろうな」と思ったものだ。そんな青年期にあったキンレイへの憧れのせいだろうか、経済的にキンレイ商品を買えるようになった今、売り場で見かけたらついつい買ってしまう。と言うか、ここでもやっぱり大人買いしてしまいそうになる。
 代表格は「お水がいらない鍋焼きうどん」。これは「お水がいらない」シリーズの基本にして到達点だ。お鍋に入れて温めるだけでうどんが出来上がる優れもの。こんなに簡単に作れるのに、麺も具もスープもハイクオリティだから凄い。ぶっちゃけ、そこら辺のうどん屋より美味い。コシのある麵と関西風のスープ、これだけでも充分満足させてくれるのに、えび、つくね、椎茸、ほうれん草、白菜、きざみ揚げ、焼かまぼこ、麩の8種の具も入っていて豪華絢爛だ。よくカップ麺なんかで「〇〇の具入り!」とか書いてるくせに、申し訳程度の〇〇、場合によっては〇〇の残骸が少し入っているだけ、なんてことがよくあるが、キンレイの具はガチンコだ。しっかりとした大きさ、しっかりとした味付けで満足感が違う。豪勢で、贅沢で、美味しくて、言葉にならない。
 「お水がいらない鍋焼きうどん」だけでも充分満足なのだが、ラインナップが多い「お水がいらない」シリーズは他にも傑作が多くて困る。気持ち的には売り場に並んでいる全種類を買いたいのだが、結構嵩張るので買い過ぎると冷凍庫を圧迫して家族の不興を買う事になる。なので、買い物時は真剣に選ばなければならない。
 「お水がいらない鍋焼きうどん」以外で特にお気に入りなのは「横浜家系ラーメン」「ラーメン横綱」の2大濃厚醤油豚骨ラーメン。これらのどちらかが冷凍庫に入ってるだけで安心感が違う。
 まずは説明不要の家系ラーメン。お鍋で温めるだけで家系ラーメンが楽しめる、生活圏内に家系ラーメンの店がない「家系難民」の必需品だ。私はそれまで家系への飢えをカップ麺タイプのブツで凌いでいたが、これと出会って以来、家系不足はこれで解消している。これも中途半端な家系インスパイアのお店より美味しいのは言うまでもない。
 「ラーメン横綱」も醤油豚骨好きにはグッとくる逸品だ。京都でブイブイ言わせてる有名店らしい。私には「訪れた事の無いお店の小売商品は買ってはいけない」という謎ルールがあるのだが、知り合いが美味いというのでルールを破り食べてみたら完全にストライクゾーンど真ん中だった。まあ、ルールは破るためにあるのでしょうがないし、結果として美味いラーメンに巡り合えたのだから結果オーライだ。いつかは実店舗に行ってみたいものだ。
 また、これは未食だが「お水がいらない喜多方ラーメン坂内」が気になってしょうがない。勤勉な日本人らしく休みの日は色んなスーパーを回って探しているのだが、未だに巡り合っていない。キンレイ様がお創りになられているので、かなりの再限度になっているのだろう。そいつを休日の深夜、晩酌の締めとして頂けるとしたら・・・想像しただけで興奮するぜ。

 これが冬の現実だ。こんな厳しい環境で痩せろなんて無理ゲーではないだろうか。
 繰り返すが、こんな環境で「痩せる」と断言出来るトレーナーは強い自制心を持っている。それが生み出す我慢という盾はATフィールド並みの強度を誇る。うどんの誘惑など造作もなく跳ね返すだろう。対して私のゆるふわな意思は脆弱なガードに定評がある。彼のそれがATフィールドなら、私のそれは障子紙程度だ。猫パンチで簡単に貫通可能。間違いなくダイエットに向いてない。情けないほどの意志の弱さだ。きっと、人として圧倒的に負けているのだろう。

 だが、私はトレーナーさんに無いものを持っている。人の弱さを理解出来る心だ。痩せなければと思いつつ、夜中にズルズルやってる人の気持ちが痛いほどよく分かる。
 もし、貴方が痩せたいと言ってるのに、誘惑に負けてカップ麺を食べてるのをトレーナーが見たらキレ気味に言うだろう。「真面目に痩せる気あるんですか?」と。辛らつな言葉だが、トレーナーは正しい。だけど、私は違う。叱るのではなく、逆に優しく励ましたい。己が弱者だからこそ持っている、弱者に寄り添える暖かさで。
 いつか鍋焼きうどんの誘惑に負け、自身の弱さに打ちひしがれている貴方を見かけるかもしれない。そんな時は貴方の理解者、心の友として、こう言ってやりたい。聞こえて欲しい、貴方にも・・・





 「明日から頑張ろう!」

※1・・・最終的に美人の嫁さんと結婚した、あしたのジョーで数少ないリア充。

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