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過去の感情の扱い方~手放しへ

まだまだ、過去の満たされない感情を拠り所に生きている自分がいる。あの時「あーして欲しかった」、「こうして欲しかった」と後悔、反省、悔やみ、寂しいといった感情に浸り涙している。そうやって、自分と向き合っていって辛いとさらに涙するのである。すっかり悲劇のヒロインを演じてしまってます。そんなネガティブキャンペーンが大好物なかつての私。しっかりと過去の記憶をしまっておいて時折、取り出しては眺めて、修復してもとの位置に戻す。ただ、当時=昔の形に忠実に修復するものだから、また時が経つと痛み始める。そりゃそうだよ、もうあの時の自分ではないのに、あの時のまま復元するのだから合わない=傷むのだからまた修復が必要なのである。これって、文化財の保護と一緒。私の過去の感情って文化財保護?!仏像と同じ扱いか??まあ、随分大事に国家プロジェクト並に大事にしていました。そのうち令和の大修復なんてこともするのでしょうか。。。そんなに大事にしていたら到底「手放し」なんて出来ない。
 また、過去の記憶は「ネガティブ」なものであるから「ポジティブ」に変換して、ネガティブをないものにしたけど、やっぱり恐れが出てきてまた過去に引き戻す。自分の出生、境遇を理由にして幸せになれないんだと嘆く、泣く。さらにもっと恐れを探してさらには模造しているのではないか、というくらい、恐れ探しをする。
でも、1月からは意識について学び、意識って無限の可能性のアクセスすることが科学的な検証のもと理解をした。つまり自分って無限の可能性にアクセスできると言い換えられる。だったら、過去を振り返って嘆くよりも今を見る、感じる方が無限を感じることが出来る。
何があっても良い、良かった、何が起きても大丈夫である、大丈夫であったのだから、満たされない過去があっても良い、良かったことなのである。
これが『認めて、手放し』。自分とのコミュニケーション、つまりは調和。
すごく気分がいい☆

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