詩:ひこうき雲

飛行物が
水墨画のように
乾いた空の上を走る
ったのだろうか
水墨、ミッジュミの
白い煙が空に滲んだのだろうか
ひこうき雲のまっすぐな線が
はけで撫でたように、ぼんやりと伸ばしたように拡がっている

そのひと筆のまっすぐは
電線、坂のような屋根、空き箱のような屋上の、
罫線やコマ割りやを断ち切って
登場人物たちは、
その中の静物たちは、
知らず知らずに滲まれた、だろうか
あらたに作られた輪郭から
ミッジュミがじんわりと流れこんでくる

机は傾いていた
机の足は正確な長さだったから
床が傾いていた、この地面が
水墨、ミッジュミは
茶ばんだ紙の、爬虫類の殻のようなでこぼこを
流れて別れて遠目には
滲んだ、のだろうか
乾燥した紙の上を、乾きを求めるように
じんわりと拡がっていく

時速4kmの私は
遠目には静物だったろう
白い吐息はあっさりと薄れた
時速0kmの私は
静物の見えない一細胞だったろう
白い煙だけ肺に滲んだ
水墨、ミッジュミ、ミッジュミと
口の中で何度か唱えた
それが防波堤だった

飛行物、
あるいは数瞬後の落下物は
墨に生まれたイカロス、だろうか
何しろ空が傾いているから
まっすぐに飛ぶ、そのまっすぐが分からない
ある屋上から、あるひとコマから、
静物は
頭を足にして空に落ちていく、その落ちていくことがはっきりしない

空が乾いているから
気持ちのいいほどに乾いているから
火事がどこかで起こる
ったのだろうか
その煙で水墨画を描くあなたは
まっすぐに筆をひいている
あの雲はだから
傾いた空で、あんなふうに
涙を拭くように拡がるのだろうか

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