詩:誕生日(ショートショート?)

誕生日になったら買ってあげるからね。
ね、
と、言われましても
私の誕生はもうとっくに済んでいます。
先ほどもトイレに行ってきましたし、
カップ焼きそばを食べました。
幻覚でなければ私の額には『済』と
はんこが押されてるはずです。
ため息をつくと、ね、という優しい声は
私を通り過ぎ、うしろの壁にぶつかって、
少し欠けたあとまた別の壁にぶつかって、
少しづつ小さくなりながら
出口を探すように見えなくなった。

あんなに好きだった音楽のCDも、
それほどではないが好きだった本も、
なんの意味もないように思えて、
さっぱり捨ててしまった。
街角のふんわりとした角っこに、
数百の本が積んである。
指が痛くならないぐらいの重さで
数冊まとめて十字にしばり、
でも角っことの数往復の重さで
指は関節を増やしたようにへこみ、
いっそこの窪に一人ぶんの笹舟でも流して
ともに溶紙炉に消えて行けたら、と思った。

誕生日をしようとする女が、
街角にうずくまっている。
生まれそうです、救急車を呼んでください、
という。
なかなかの切迫さが私にも伝わる。
分かりました、呼びましょう、
ご迷惑でなければ私もご一緒して、
よろしいでしょうか?
誕生日になりたいのです。
手放してしまったCDや本を、
もうタイトルも表紙の絵も忘れた、
あの物たちを買ってほしいのです。
失礼ですがあなた、ご自分のほんとうの
性別はなんでしょうか。
私は、ほんとうの、男だと思っていましたが。
では残念です。わたしの切迫したこの子は
ほんとうの女なのです。わたしは混浴では
ないのです。

救急車を見送った。

街角を探すようになった。
誕生日を求めていた。
腹の大きな女を見つけると、
ご一緒をせがんだが、経済的な理由、
思想的な理由、宗教的な理由、
その他の理由で断られた。
次で最後にしよう、会話はせずに、
なるべく逆子にならないように、
頭からこよりになって、
女の中に入っていった。
中は温かく、当然ながら暗かった。
じゅうにぶんに出来上がった子どもも
目は開けられないようだった。
こよりになったせいで、私の体も
自由がきかず、しばられた本の
溶紙炉までの道のりを思った。

まもなく救急車のサイレンが聞こえてきた。
けたたましい音量が近寄ってきた。
困ったことに私は聴覚過敏だった。
やめてください。
近寄らないでください。
本当に本当に切実です。
音がこよりになって耳の奥に入ってくる。
鼓膜がぶん、と破れた音がして、
言えず、見えず、聞こえず、
の三重苦になってしまった。

その代わりに、知らない誕生日をもらった。


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