詩:MAXコーヒー

はじに座り、春が花粉ごしに過ぎるだけ、
を見ていた。
となりの座席に手提げを置いて、
私の前に立つ人がいる。
黒いスウェットパンツには
白い毛玉がいくつもあり、
時速60キロのなか、足踏みをしはじめる。
甘ったるいと評判の缶コーヒーを、
ポケットにねじ込んでいた。
慣性に逆らえず、私の靴を、踏む。
「スミマセ、アタッチッテ」
大丈夫です、大丈夫大丈夫、
三回ゆっくり、うなずいた。
アハ、ンフフ。かん、と高い声。
マスクの中は笑っているようだ。
電車が止まり、何人かがすう、と去っていく。
『快速との待ち合わせをします』
車内に充満していたのは、
針か、綿か、幽霊か、どんなだったろう。
しばらくウロウロしていた。
向かいのシートの中ほどに座っている、
二十歳ぐらいの伏目がちに
「スミマセネー、スミマセ」と言って、
私の前に戻ってくる。そして足踏みを始める。
(その人はどうやらいっつも歩いている!)
声をかけられて、若い人は俯いている。
あの人も楽器を持たぬ音楽家なのだろう。
スリーピースのバンド。そんな空想をした。
足踏みはポケットから丸めた白いタオルを取り出して、
目もとを拭っていた。
潤んだ目が私を強く見ている。
大丈夫大丈夫。二回うなずいた。
すると右手でピースをするので、
私もピースを返す、
と、手が近づいてくる。
映画『E.T.』のように、
私たちは二本ずつの指を合わせた。
電車を降りるとき、サヨウナラ、と言った。

私の駅で、私はE.T.になったまま電車を降りる。
座席には、蹂躙されたような死体、
だけ置いてくる。
(ピースの指がっごぃがっだ)
MAXコーヒーと同じ色で、電車が動きだす。

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