そうだ、遊ぶのだ。『「たま」という船に乗っていた』を読んで

敬愛する石川浩司氏(たま、パスカルズ、ホルモン鉄道など)の原作マンガ、
『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』(画:原田高夕己 双葉社)
を読み終えて数日。改めて、たまや石川浩司氏をスゴいと思ったのだった。

このマンガは石川氏が上京し、たまのメンバーと出会い、バンドを結成、以後のブレイクの前夜までを描いたもの。全体が藤子不二雄Ⓐのタッチで描かれ、所々につげ義春や水木しげる、楳図かずおのオマージュがありニヤリとさせられる。

90年代初頭にブレイクし、演奏も完成されている、そんな彼らだ。さぞや若い頃から血の滲む努力をしていたんだろうと思えば全くそんなことはなかった。ことパーカッションの石川氏に関して言えばドラムはゴミ捨て場からの拾い物である。
そして石川氏、ぐうの音しか出ない程のぐうたらっぷり、働くのもイヤ、小さい頃から不器用で何ごとも上手にできない。ただ何ごとか表現したいなぁ、という欲求はあり、ほとんど弾けもしないギターを持ち、夜の歩道橋で歌う、という生活。もちろん貧乏。今もたくさんいるだろう有象無象の一人だったのである。

ただ、マンガを読むに、この人の特殊性はその「遊び心」にあったのだと思う。行動の根底に遊びがある。例えば、旅行にすごろく要素を入れるなど、そのままではただのつまらない行動にスパイスを加え、遊びにしてしまう。これが彼の天才だ。
要するに彼は子供のまま生きることにしたのである。大人社会であればまずはじかれてしまう、また自らはじいてしまう子供の部分を彼は持つと決めたのだ。その決意たるや大人顔負け。
社会的には大人要素の足りないまま歳を重ね、そしてそのまま死ぬという決意、が彼の可愛い笑顔にはある。マンガ内の一つの挿話、石川氏の結婚パーティーで配られたミニコミ『100年一緒に遊ぶ』というタイトルには涙が出た。彼ら夫婦は死んでからも遊ぼうね、というのだ。脱帽。生きてる期間じゃまだ遊び足りない、肉体に遊びが収まりきらない。遊び心のほとばしり。

彼は空き缶コレクターとしての側面もあり、本も出版している。

この出版イベントで彼はこんなことを言った。
「みんなも度胸決めて仕事辞めて遊ぶといいよ」
なんとかなるよ、と。

とはいえなぁ、仕事辞めたら食べていけないし、とほとんどの人は考えるだろう。もちろん私もだ。ただ、辞めないまでも、もっともっと遊んでみようかなとこのマンガを読んでそう思えた。

"遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん"

後白河法皇はこう詠んだ。遊ぶために生まれてきたのだ。なのに何故大人になるにしたがって遊べなくなっていくのだろう、ということか。

また、私はこのマンガを読み、金子文子やハンナ・アーレントの『人間の条件』を思い出していた。アーレントの著作に関しては難しく、私はおそらく100分の1も理解せずに本を閉じたのだが、なんとなく少し腑に落ちた部分があったのだ。

アーレント曰く、人間の条件には
・労働(衣食住のために必要なことをする)
・仕事(物を作る、それは後生に残る)
・活動(社会的、政治的な行動?ここは私は良く分かってない。)
の3要素があると言う。難しい話はするつもりがないのでとりあえず「労働」と「仕事」が別カテゴリーに入れられていることに注目しよう。

そして金子文子。彼女の経歴はWikipediaなどを見てもらうことにして(映画化もされている)、彼女が獄中で書いた手記にこういう記述がある。

 "私はあまりに多く他人の奴隷となりすぎてきた。余りにも多く男のおもちゃにされてきた。私は私自身を生きていなかった。私は私自身の仕事をしなければならぬ。"『何が私をこうさせたか』

これは青空文庫でも読める。平易な文章で読みやすいので機会があれば読んでみてほしい。
金子文子にとって仕事とは何だったろう。彼女の生を省みるに、それを簡単に言えることではない。彼女自体の人生を自分でコントロールすること、誰かに命令、また、おもちゃにされるのではなく、自分の欲動に正直に生きること、そういうものを仕事と呼んでいたのかもしれない。彼女はその後、パートナーや友人達と機関誌を作ることになる。

先ほどのアーレントと合わせて見ると、「労働」ではない「仕事」というのは、何かを作ること、それによって生の喜びを実感することではないか。それは取りも直さず「遊び」ではないだろうか。

石川浩司氏はおそらく、「労働」と「仕事」を同時にできた稀有な人物だと思う。遊び、作り、それで食う。
そうなれない人が多数なのは間違いないが、「労働」と「仕事」の両立はできるだろう。楽しみながら何かを作る。
物を作ってもいいし、場を作ってもいい。遊びがあれば、きっとそれを楽しいと一緒に思える人と出会える。遊びが磁場を作る。そんなヒントと勇気をもらえるマンガだったのだ。






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