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【ゆっくりと、大きく、変わる】

SARSから10年くらい経った頃、少し振り返って感じたことを書きました。

見出しの写真は、マカオから中国に入るイミグレーションの建物。以前の小さな小屋のような建物のゲートが、モニュメント的に残されています。

(この記事は、2014年3月27日に別のところで投稿したものです。)

■汚染地帯


10年くらい前にSARSが香港にもたらした危機感も、肌で感じていた。

正体不明な新しい感染症で、治療法がなく、致死率も高くて、広東省という中国以外から見たらどんな生活をしてるかわからない地域で発生、流行したことが、殊更に不安を煽ったのかも知れない。

家族だけ帰国することになって、前日に免税店でお産を買ってる時に、関テレの取材を受けた。「なんでマスクしてないんですか?」したくないからです。実際、してない人の方が多かったと思う。

おそらく、この会話は放映されなかっただろう。CNNやBBCが香港からこのニュースを取り上げる時は、地域紛争か大災害の扱いだったから、意に沿わなかったに違いない。

海外向けのテレビは街角でマスクをした人たちがたくさん映ってるごく短いシーンにbreakoutのテロップを付けた映像を四六時中発信していたから、香港はその実感以上に、世界中から近寄ってはいけない地域と認識されていたはずだ。

日本で私のインタビューをテレビを見た何人かの友人から、心配のメールをもらった。大丈夫だよ。みんな、生きてるよ。ちゃんと普通に生活してるから。

エレベーターのボタンは全体的に透明なシートで覆われ、ここは1時間に1回消毒されています。の表示があった。みんなペンでボタンを押すから、シートが破れてることも多かった。咳でもしようものなら、露骨にイヤな顔をされた。

謎の感染症が高い致死率を示しているらしいことは、恐ろしかった。しかし、非常事態宣言や社会的パニックで社員が出社できなくなったりで、会社の機能が停止することも心配だった。

香港や広東省の駐在員が日本へ出張する時、数日の待機期間をおいて発熱などの異常が無いことを確認の上出社すること、というあり得ない通達も日本から出てきた。

中国から香港経由でその日のうちに評価サンプルを持ち込まなければならない緊急度の時があって、お互い知らん顔してスーツケース一個分のモノを日本に届け、いつも一緒にやってる人たちと最低限の会話となんとも言えない表情を残して、とっとと立ち去らなければならなかったこともあった。

高熱が症状のひとつだったから、そのうち空港やフェリーの入国ゲート前にはサーモグラフィが設置され、香港のはよく誤動作し、中国のは機能してるかどうかもわからないものだったが、日本に帰る時は念のため、機内で解熱剤を飲んだ。

■逆流

この時香港が世界中から背を向けられて負ったダメージは、アジアの通貨危機以来かもしれない。それからしばらくして、香港は中国からヒトとカネを受け入れることになった。

それまで免税店のお客は日本人や韓国人が多かったのだが、中国からのツアー客が、バスに乗って大挙して押しかけるようになった。

ダブついていた資金は香港の不動産にも流れ込んで価格を上昇させ、庶民の住宅は郊外や国境を越えた深圳に求めざるを得なくなってきた。

地方出身者は、都市に住むためにIDを買って新しい名前で暮らしているという。それらを含む都市の富裕層は、更に大枚をはたいて世界中への移動の自由をこどもに与えたいと願い、香港の産科を予約でいっぱいにもした。偽物で幼児が亡くなる事件の後は粉ミルクまで買い漁るなど、次々に社会問題が起こった。

免税店の入口前で買い物ツアーのバスが来るのを待ってる彼らの足もとには、フロアガイドが普通に散らかっていた。野良着だか寝巻きだかわからないような服装の客が、高級腕時計売場で品定めをしてるのを見たことがある。

チェーン店を筆頭に、人民元使えます表示を掲げるところも増えた。売り子になるためには、英語だけでなく北京語も必要になった。

米ドルに連動する香港ドルが100あれば105くらい買えた人民元は、信じられないことに85くらいしか買えなくなった。いまはもっとかも知れない。

中国内での賃金上昇は、香港人の職探しの選択肢を増やすほどまでになった。中国なんか行きたくないよ。仕事じゃなかったら。でも、お金もちゃんと稼ぎたい。

長く英国の統治を受けてきたHongkongeseは、もともとの商売上手なところに、どこかでそういうプライドも持っているのだと思う。

むかし初めての香港で、お店で試しに北京語を使ってみたら、この人北京語喋ってるよって、店のおばちゃんたちに嘲笑されたけど、今はそんなこともないだろう。

■あのときは、ぼんやり眺めていた

香港は、中国という巨大な後背地を抱える物流の拠点に加え、英国が持ち込んだ世界標準の法務、金融システムを強みに、企業も観光客も呼べる都市を目指して成長してきた。

しかし世界の工場が中国に集まってきて、そこに蓄積された資金が港湾や空港や高速道路など物流網の整備を可能にするに連れ、従来香港が持っていた機能が中国にできる範囲でどんどん中抜きされ、相対的な優位性が脅かされるようになった。

天安門事件で本性を垣間見せた中国にしてみれば、100年分の痛みはあっても、国際的にも認められる形で極めて穏便に香港を管理下に置くことができたのだ。香港が100年かけて磨いてきた優位性を、今後は中国自身が磨いていくことになるのだろう。

一国二制度で香港の現状を50年間維持するとスタートして、そのおよそ三分の一が過ぎた。

この50年は、新しい姿を次の世代に委ねるための期間なのかと思ったが、その間に中国化の準備を完璧に仕上げたいと考えてるだろう。新しい世代の香港アイデンティティは、親の世代とは相容れないほどの中国寄りになってしまうのかも知れない。

香港の次に取り戻したマカオも、たった15年で大きく変わった。カジノには外資も誘致して、ラスベガスを抜く規模まで成長させた。島と島の間を埋め立てて面積を2割も増やし、そこを巨大ホテルが集まる一大リゾート地域に変貌させた。

対岸の中国側にはもう一箇所イミグレが増設され、そこを新しい経済区と位置づけて1200億人民元 (約2兆円)が投資されるという。開発の一部はマカオの資金とマネージメントによって大学が設置させるなど、新しい手法も採られるらしい。香港市街から空港を経由して橋とトンネルで延ばされる建設中の高速道路は、中国マカオ両岸にそれぞれつながることになっている。

もちろんここにも中国人が大挙して押し寄せる。賄賂をカジノで吸い込み税金で回収するという公認のマネーロンダリングシステム、と言ったら言い過ぎか。カジノの方が高給なので、警察官や教師など、公務員の成り手が少ないと聞いたこともある。

人口で比較すると、だいたい中国の13億に対して、香港700万、マカオ50万、台湾は2300万だ。中国国内では言えば、構成比92%の漢族が、その他55あるという少数民族を力で支配している構図といえる。

他国との比較では、ロシアの1.5億を除けば、ヨーロッパ諸国の人口はどこも数千万かそれ以下で、全部あわせても7億(EUだけだと5億)程度。経済力で言うと、日本を追い越し世界第二位となった中国のGDPは、EUの4分の3ほどに相当する。

行政区分として、台湾を除いて22省があるが、例えば広東省の人口はいまや1億に近い。これも、この10年くらい流入が続いて、1.5倍くらいに増えたのだ。同時に賃金も3倍くらいに高騰したため、工場の内陸部への移転が進み、今がピークとなるかも知れない。

しかし、香港、マカオ、および近隣の中国地域を、珠江デルタといい、ここを一体的に開発するという考え方なのだそうだ。香港やマカオの強みとしてきた機能を、その資金をも使って、物流、観光、学術といった拠点を移転、増設、拡散し、発展を維持していこう。ということなのだろう。

工場だけで成長する時代からの転換を図るこの試みは素晴らしいと思う。中国にあまたある開発プロジェクトの中には、頓挫するものも多いらしいが、ここには注目してみたい。

マカオ返還当日、事前にかなりの数があった露店が一掃された中国側のメインストリートの沿いにあるホテルを確保して、窓から人民解放軍が進駐、ではなくパレードしていく様を、テレビ中継と交互になんとなく眺めていた。

台湾は海を隔てたところにあることが、中国にとっては今までとは勝手が違うようにも思える。いや、ただそれだけ、ということかも知れない。

■参考

台湾警察、行政院占拠のデモ隊を排除
2014.03.25 Tue posted at 10:39 JST
http://www.cnn.co.jp/world/35045610.html


中台統一に抗する「台湾ひまわり学運」のゆくえ
天安門事件25年の中国に「波及」の可能性も
2014年3月26日(水)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20140324/261675/


台湾が恐れるアジア版クリミア劇場
Is Taiwan The Next Crimea?
国会や内閣を占拠するなど過激化する台湾の学生が本当に恐れているものとは
2014年3月25日(火)17時02分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/03/post-3224.php


台湾立法院を占拠する理由とは 若い女性が日本語でメッセージ【動画】
The Huffington Post | 投稿日: 2014年03月25日 12時29分 JST | 更新: 2014年03月25日 14時00分 JST
http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/24/taiwan_n_5020456.html

珠海・横琴新区、優遇措置で7大産業を振興
2012-08-27
http://www.nacglobal.net/2012/08/preferential-taxation-for-hongkong-macao-enterprises/


珠海・横琴新区 重要プロジェクトが始動
発信時間: 2010-12-01 17:01:12
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2010-12/01/content_21461518.htm
「華南ビジネス最前線」20111104 No.1345「珠海市横琴新区の政策動向」
http://www.hkpost.com.hk/index2.php?id=2624#.UzLtmdz3Jyc


ずっとものづくりに携わってきました。