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卒業、回顧録

私には時間が必要でした。

さすがに後輩も卒業してしまったし、あまりに遅すぎるけど、やっと、ようやく気持ちが前を向いてきたので。
ずっと卒業を過去にしたくなくてどうしても投稿出来なかったけど、そろそろ。滅茶苦茶でも少し残しておきたい。



2年生の秋冬、卒業すること、春が来ることが本当に怖かった。
それは学校が楽しかったのもあるし、進路が全く以て見えなかったのもあるし。どっちの意味をとっても生まれて初めて明確に卒業したくないと思った。

だから春が来るのが怖くなくなるように、卒業を迎える頃には全てが上手くいっているように、お守りみたいな気持ちで卒コンにユーミンの『春よ、来い』を選曲してみたりもしたけど、
憧れの松尾ホールでスタインウェイのフルコンを弾くはずだった卒コンも、
「ムズい〜無理〜」って言いつつ初めてエルカミを演奏できるのが嬉しくて楽しみでしょうがなかった楽団の定演も、
全部本当に楽しみだったのに、
お世話になった人たちにありがとうって、
演奏で出来る僅かな恩返しのチャンスでもあったのに、
突然現れたよく分かんねえウイルスのせいで全部、全部無くなってしまって。

当時は「聴いてくれる人を想って練習を重ねたことに意味がある」とか綺麗事で鎧作って凌いでたけど、正直どうしても(何のための練習だったんだろう)って考えが止まらないのが本当につらかった。なんなら未だにちょっとつらい。
トドメに就職先も何も決まらないまま、春が来てほしいなんて微っ塵も思えるようにならないまま卒業してしまった。卒業させられた、に近い感覚。

でも小規模でも、レッスン室でも、発表できる機会があってそれだけは本当に良かった。練習モチベ上げるには形から入るしかないって気合い入れて買ったドレスも着て写真に残すことが出来て、それだけが救いだった。卒業式も、保護者入場禁止だったけど袴着て証書ちゃんと貰えて。

私がこの世で一番信用できない人間は私だけど、「大学辞めたんだし専門学校こそ卒業する」って言ったのだけは有言実行できて良かった。途中ちょっと危なかったけど、一緒に卒業するんでしょって発破かけてくれる仲間のおかげで最後まで頑張れた。本当にありがとう。ひとつの命に等しいものを救ってくれました。ちょっと拗らせた時に声をかけてくれる人が存在してくれただけで、あの学校に入って、あの学年で、クラスで良かったと、本気で思っています。友達って言うのなんか照れくさいけど、これが友達か〜って思って、本当に嬉しかったんです。年上なのに心配かけまくってごめんなさい。

わざわざ大学辞めてまで調律の道に進んだのに結局諦めるの?勿体ないよ、専門学校行った意味は?みたいに言われるのが怖かった。最近やっと大丈夫になってきたけどあれ結構メンタルにくる。諦めたくないに決まってんのにさ。ハッキリ人には言えないにしても全ての決断・言動には何かしら理由があるんです。結果には原因がセットなんです。それはみんながそうだと思うんです。そういうことを少しでも口から言葉が出る前に想像出来るような人と結婚したいなと最近思うんです。無理だって?私の可能性を見くびるでない。

そういえば大学を辞める時部活の先輩に「1回でも''辞める''っていう選択をすることで逃げることに慣れて、専門学校行ったとしてもまた辞めたくなるかもしれないよ?専門まで辞めることになったらどうするの?」みたいに言われたのを思い出してしまった。引き留めたいのか何か知らないけど、そもそも辞めること=逃げることだと決めつけるような先輩を先輩と呼び続けられるほど私はお利口じゃないから、本当に辞めてよかったなと思う。感情がぐちゃぐちゃになって泣きながらだったけど「もし仮にそうなったとしてもそれは私個人の責任だし先輩には関係無いです」と言えた自分のことは控えめに誇っている。
今だからこそもうちょっと授業出ても良かったな、勿体無かったなとか思うけど、当時は本当に精神状態が終わっていたんだった。縋る思いで行ったレビュー評価高いメンクリも役立たずだったし。(社会勉強にはなったが)
パートとか役職とか色々と面倒なことになるのにかまわず応援してくれた同期のみんなには死ぬまで感謝しています。未だに仲良くしてもらっている現実にたまに本気で涙が出るぐらい、幸せだなと思っています。ありがとう。

卒業してから2回目の4月が終わってしまいそうだけれど、少しばかり働きに出てみたりしたことで鬱々とした精神状態が少しずつ快方に向かってきて、もしかしたらもう大丈夫かもって思えたタイミングが今。満開の桜を見て素直に綺麗だと思えたから。
某教員に「このままじゃ社会に出ても誰にも信用して貰えないよ、やっていけないよ」とか言われてたけど、大丈夫、今のところどうにかなってます。舐めんな。相変わらず不器用で生活丸ごと下手くそでどうしようもないけど。
学生時代、先生たちに「社会は厳しい」って脅されがちだけど想像しているより社会は優しいし楽しいと思う。今のところ。これから厳しくなるのかな?怖いな。ただ義務は既に本気でダルい。

正直これから調律の勉強をし直して生業にするかどうかは自分でも分からないけど、何よりピアノを弾く人間として、ピアノに対しての理解を深めた上で少しでもピアノの世話を出来るようになったことに価値があったと思う。
体ひとつで人生一度切りだと言うのにやりたいことがいっぱいある。もちろん自分が整えたピアノを弾いた人の笑顔を見てみたいとも思うし、来世は絶対音大行くって言ってるけど出来たら今世で一度行ってみたいのが本音だし、そうなるとなりふり構わずめちゃめちゃ稼がなきゃいけないし、吹奏楽も再開したいし、妊娠と出産を経験してから死にたいとか最近思い始めてるし、世界の美しい景色をたくさん見たいし、何より人生の終わりに流れるエンドロールで後悔のシーンがなるべく少なくなってほしい。

まだ色々迷っていて当分答えが出る気がしないけど、迷うことが出来る環境に置かれているだけ有難いと思う、と同時に迷っている間にも着実に時間が過ぎていることに若干焦り始めている。
ただ専門に行ったことで、やりたいことは出来る出来ないで悩む前に1度やってみればいいって気付けたのは本当に大きかった。行ってよかった。きっかけをくれた人、応援してくれた人には毎年お歳暮とか送りたい気持ち。



いつか何かちゃんと書きたいな、今なら出来る気がする、と思ったら卒業から平気で1年も経ってしまって自分の遅さと時間の早さに引いています。別にオチがあるわけでも無い、ダラダラと起承転結も無い乱文を何故か辛抱強く最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。

またみんな元気で集まれる日を願って。

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