見出し画像

僕とあなたの輪郭/デザインの輪郭



あらすじ

世界的に活躍する工業デザイナー深澤直人が、デザインについての自身の考え方や今の自分を形作った道のりなどを
40のテーマで語る。 



デザイン思考は「わたし」という人間の輪郭を知ること

「自分自身が何者か」という問いはこれまでの対人関係の中で幾度となく考えてきた。特に自己分析を重ね、他者に自分を売り出す就活においては誰しもが通ってきたことだ。

個物や個人がさまざまな変化や差異に対し、連続性や統一性、不変性、独自性を保ち続けることをアイデンティティ・自己同一性という。これはわたしという存在の揺るがない核のようなイメージだと思う。対して文化人類学では、状況や相手との関係性に応じてわたしが変化するという見方がある。わたしの中に複数の人間関係に根ざしたわたしがいて、誰と出会うか、どんな環境に身を置くかによって別の私が引き出される。つまり他者との「つながり」を原点にして「わたし」を捉える見方だ。これは自分とそれ以外のものとの円形の境界線の引かれ方によって「わたし」という存在を表すイメージだと思
う。

深澤直人が文中で語る張りや選択圧が縁取る「輪郭」というデザインの考え方は、わたしという輪郭を維持しようとする内圧と他者との関係性において時には異なる環境や文化にはみだし共感したり共鳴する外圧を受けながら輪郭自体が変わっていく文化人類学の考えと近しい部分がある。

文化人類学者の松村圭一郎の著書「はみだしの人類学」では以下のように綴られている。 

異なる複数の境界線を引くことが既存の境界を乗り越えるために必要な想像力になります。だから、「異文化理解」を考えたいのなら、ほんとうに「異文化」なのかどうか、どんな意味で「異文化」とされてきたのか、そこで引かれている境界線と、それに沿って見出されている差異そのものを疑うことからはじめないといけない。

イノベーションは、これまで分断されていた概念を複合したり全く新しい概念を生活に侵食させる。デザインだけでなく人間のくらしの営みをも揺るがすほどの激しい選択圧だ。破壊的イノベーションはこれからの産業や社会において生産者の側面だけから見ると大切だが、最終的にそれを生活に取り込む生活者の輪郭があることをしっかりと理解した上で形取る責任がデザイナーにはあると思う。 


いいふつう

個性的なデザインや斬新で新しいデザインはコンセプトに注視され目新しさや流行りなど一時的な需要がもたらされることもあり、瞬間最大風速が大きく生活者に顕著に影響を与えるデザイン。ふつうのデザインは恒常的に一定の需要があり、生活に溶け込んでいて代替不可なものだと思う。いいふつうをデザインするということは、生活者にとって欠かせない当たり前に踏み込むということだから、生活に過剰な波風を立てない輪郭を慎重に描きながら、行為や環境にフィットし
た高いクオリティを恒常的に保つことが求められている。

作り込み(恣意性)が強いものは生活者のくらしに過度に干渉してくる遊びのないデザインになってしまう。
深澤直人ほどの著名なデザイナーであれば経験とノウハウに基づき最短距離一直線に本質を伝えることはできるはずだ。しかし意図的な作り込みから脱却し取捨選択をしながら本当に大事なことに集中したエッセンシャル思考とも言えるわ過程をとることで、同じ造形の工業デザインであっても生活者が描く多種多様なくらしの輪郭に合わせる柔軟性を持つ。
数多あるくらしの輪郭に干渉する「選択圧」さらされ、生活者の行為に合わせ在り方を変えていきながらも、常に適切な内
圧がかかった「張り」のあるデザインをすることが、多くの人の生活に溶け込むためには必要だ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集