見出し画像

【物語詩】ギターが鳴いている

 駅前の路上の 端の方にある植え込みの陰
 黒くて古びたギターケースが隠れん坊
 まるで何かから逃げているかのように

 ははぁん 誰かが忘れて行ったな
 きっと昨夜の路上ライブを行ったやつか
 仕方ない 交番に届けてやろう
 一人の男がひょいとケースを持ち上げる


 すると何処からポロロンと音色が響いた
 男は思わず辺りを見渡してから
 音の正体がケースの中にあることに気づく

 おかしいな 仕舞ったギターが鳴るなんて
 しかし構わず男は歩こうとするが
 交番に近づくほどに旋律は大きくなる

 ポロロン ポロロン……高く 低く
 目覚まし時計のアラームのように
 だんだんと けたたましく

 周囲の人々は誰もが怪訝な顔をしている
 音に気づいた巡査ですら不審そうに見遣り
 男はもはや バツの悪い気分だった
 交番を目前にくるりと体を回転
 まるで泥棒のように一目散に走り出す

 旋律は大きくなったり 小さくなったり
 男はなるべくギターが鳴らない道を選んで
 ひたすらバタバタと駆けていた


 やがてギターケースはピタリと静まる
 男が肩で息をしながら辿り着いたのは
 ひっそり息を殺したようなアパートの前
 何を隠そう 男も住んでいるボロアパート
 まるで誘われるように 帰って来ただけで

 疲れ切った男は考えることを諦めた
 ケースを抱えたまま自分の部屋に向かう
 しかし手前の部屋の前でギターは鳴く

 ボロン ボロロン……かつてない不協和音
 ほどなくして隣人がボロボロの扉を開ける
 飢えてギラついた獣のような眼で

 捕食動物のように怯える男を素通りで
 じっとギターケースを睨みつける
 ギターは泣きじゃくる子どものように唸る

 男は隣人に引き込まれて部屋に入った
 抱えていたケースを奪われて急に悟った
 おいおい 痴情のもつれに巻き込まれたよ

 部屋に溜まったゴミ袋の山には
 さらに上へとケース袋が脱ぎ捨てられ
 ギターは隣人と美しい音楽を紡いだ
 まるで積年の想いがほとばしるかのように
 隣人は穏やかな表情でギターを奏でた


 演奏が終わる頃 男は拍手をしていた
 ブラボー 隣人は男の方を初めて向いて
 狼狽えたように汗を掻いて頭を下げた

 いいものを聴かせてもらった礼とばかりに
 男は大量のゴミ袋を片付け始めた
 目を見開いた隣人は 驚いていたのだが
 テキパキと生まれ変わる自分の家に
 心が洗われるように 澄んだ眼差しになり

 以来 2人は仲の良いご近所になったとさ
 以来 ギターは鳴いても泣いてもいません
 その代わり よく歌うようになったそうな




なんだか着想当初とは、ちょっと違う物語になりましたが、なんだか気に入っています(笑)。予想よりも長かったね。男のイメージが善良過ぎて、途中から「たんじろー(=竈門炭治郎)」と呼びながら書いてました(笑)。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?