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ツクモリ屋は今日も忙しい(3‐前編)

【side:筑守菜恵】

目が覚めたとき、いつも心の中は空っぽになっている。テーブルの上にコトンと置かれたコップみたいに。散らかってはいないけれど、何かが物足りない。コップに水を注ぐために私は身を起こす。

ベッドから出るついでにカーテンを開ける。
気持ちのよい青空が、窓の向こうに広がっていた。

それだけで、なんだか良いことが起きそうだなって思う。友達には能天気だねって呆れられるけれど、どうしても感じるんだから仕方ない!

寝る前に用意していた水差しでコップを満たして、一息に飲み干した。起き抜けに水を1杯飲むのが、私のささやかな日課。真冬には白湯に替えることもあるものの、最初の一口は常温に冷ますことが多い。

だって、畑の水やりにお湯は使わないでしょ?

私にとってこの日課は、単に喉を潤すためだけのものではない。一日を少しでも実り豊かに過ごすための儀式でもある。あくまで気分の話だけどね!

コップを置いて、軽く体を動かしつつ深呼吸をする。
本当はまだ、少しだけ眠い。
けれども、あと1つ、欠かせない日課を行う。

ベッド横の、お気に入りのチェストに歩み寄り、お着替え……ではなくて、チェストの上を見る。

そこに鎮座しているのは、子供の頃からずっと大切にしている置物だ。陶器でできた、香箱座りポーズの猫。白猫で、ピンク色のリボン型の首輪をしていて可愛い。私はモモと名付けていた。

モモの額に人差し指を軽く添え、私は目を閉じる。
全身の感覚を研ぎ澄ます。刹那、世界は無音になる。

でも、静かだったのは最初だけ。
《オハヨー》《オハヨウ》《ゴキゲンヨー!》

目を開けると、たくさんの声や姿で、私の世界は賑やかになる。どこを向いても、元気で明るいモガミさんでいっぱい。

私の住居に、私が大事にできない物は置いていない。
家具だろうが消耗品だろうが、敬意を払い扱う。

別に、最近話題になっているミニマリストを実践しているわけではない。筑守家では当たり前。幼い頃からそうするように両親から教え込まれてきたのだから、家訓ともいえる習慣かもね。

《ニャーエ! もーにんぐ!》

モモに付いているモガミさんも、嬉しそうに笑っている。家の中でも昔からある置物だからか、このモガミさんは、モモみたいな猫耳が生えている。

猫耳スタイルになったのは、私が高校生のときだっけ。急に変わってビックリした覚えがある。
もちろん可愛くて大好き! 他の皆もだけど!!

「みんな、おはようっ♪」

モガミさんの様子に和んで、私は自然と笑顔になる。

まるで、モガミさんの気持ちを貰ったかのように、心がポカポカとしてくる。眼が冴える。今日も頑張ろうって思える。この瞬間が好き。

さあ、やりたいことは山ほどある。
今日もきっと忙しい。

着替えるね、と声を掛けてからチェストを開け、私は身支度を始める。モガミさんは大抵《何ヲ着ルノー?》とワクワクするか、微妙に顔を背ける。たまに、我関せずといった風情でじゃれ合っているモガミさん達もいる。

モガミさんだって千差万別だよね。人とおんなじ。
みんなちがって、みんないい。有名な詩の一節を心中で唱えながら、私は着替えを始める。朝食も終えたら、店に行かなくちゃね。


 ***


店でモガミさんの様子を一通りチェックしてから、出勤してきたクロくんと話をする。クロくんはすごく真っ直ぐな人だと思う。竹みたいに、どんどん伸びていく人。どんな時でも、私に気持ちを届けてくれる人。

「わかりました。俺も見守ります」
「うん、ごめんね。任せるね!」

仕入れたばかりの商品の中に、作り主の感情を強めに受け継いでしまったモガミさんが紛れていた。悩んだが、私はクロくんに託すことにした。

モガミさん……付喪神の生態というものは、筑守家の熟練者でも「ワケわからん」と匙を投げるケースがあるくらい、未だに未知なゾーンがある。

だから、筑守家の人間で対応するか、否かを決めるのは、わりと責任のあることだ。他の店ならともかく、ツクモリ屋ではその責任の影響は特に出てしまう。

ただ、このモガミさんから「黒い気配」は感じない。たとえ機嫌が直らなくても、1日くらい置くなら問題ないはず。

今回は、クロくんに任せて大丈夫だと思えた。
叩いた石橋を、しっかりと信じる。これが私の信条!

そして、私は次の目的地へと足を運ぶ。
今日は、ある誘いを受けていた。街から少し離れた、自然の多い公園へ。

私の敬愛する、あの人の場所へ――。


(3-後編へ)

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