181127_おさけ

エンキョリ、ひとり酒

 いつから、自宅の冷蔵庫にビール缶と缶チューハイを常備させるようになったんだっけなーと思いながら、最寄り駅を降りた後の行き先を考える帰りの電車、22時。
 周りでは一軒で大人しく解散にしたおじさんたちがアルコールの匂いをぷんぷんさせている。そんなおじさんの隣に、単語帳とにらめっこしている高校生が居るもんだからなんだか謝りたくなる。

 電車を降り、脳内協議の結果少しお高めクラスのスーパーへ向かう。家から駅までの間に品揃えの違うスーパーが2つあるのは嬉しい。
 お惣菜コーナーへいくと、いかゲソのからあげ(小)パックに2割引のシールが貼られようとしてるところだった。その直後すかさずカゴへ入れる。
 ついている。いつものピクルスと、100円のポテチを買って出る。

 まだ11月だけどもうすっかり朝晩は冬仕様。
 ジャケットの小さいポケットにできるだけ手を突っ込みながら、まだ耳の先がキンとなるほどではないからましか~なんて思う。

「ただいまー」
 ひとり暮らしだ、返事はない。(あったら怖い)

 速攻でお風呂を洗う。いつでもお風呂に入れるように、だ。
 眠くなればなるほどお風呂に入るのは面倒くさくなるのでできるだけハードルは下げておく。

 ホットカーペットを付け部屋着に着替えている間に、いかゲソをレンチンして温めておく。冷蔵庫から冷えたビール、そして冷凍庫に常備させているグラスを出す。
 いい感じに今日もキンキンだあ。

 ローテーブルにさっとランチョンマットをひき、湯気が出ているいかゲソ、そば猪口に移したピクルス、グラス、ビールをセット。今日は締め日だからポテチは袋のままでいいや。

「うわ~、おっさん。」
 誰もいないのに、思わず漏れる声。そしてにんまり。
 プシュッ。いい音するねえ、やっぱこれだよねえ!
 しかも金曜の夜、しかも我が社の締め日!そうさ明日は土曜!週明けには給料!
 グラスを斜めに傾けてその縁に沿わせるようにビールを注ぎ、頃合いをみてグラスを立たせて泡を作る。
 合掌。
「今週も、お疲れ様でした。いただきます。」
ビール、ひとくち。旨い。

 BGMを忘れていた。ラジオアプリを立ち上げて、スマホとスピーカーをBluetooth接続させる。深夜1時からの番組なんてリアタイできないから、こうしてタイムフリーで後追いする。
 6時間は寝たいのだ。新曲宇宙初オンエアなんていう、どうしてもっていうときは頑張ることもなくはないけど、やっぱり翌日は手を抜かざるを得なくて結局残業が伸びる。

 いつものパーソナリティの声が聞こえてきたのを確認して、いかゲソも頬張る。
 んま~。この、実家よりも味濃い目なのがちょっとジャンキーで罪深くて旨いんだよなあ。あー、太る。でも今日は金曜で締め日。

 ハタ、と。また思う。
 いつからビールとか一人で家で飲むようになったんだっけ。大学のときは家で飲んでた、というか、ケンちゃんと宅飲みばっかりしてたけど。

 彼氏のケンちゃんとは遠距離ってやつだ。
 わたしは主に社内にいる仕事だけど、ケンちゃんは営業さんで外回りがメイン。そんな仕事だから、先輩や上司と外で飲むことも多いらしい。

 元々、ベタベタのカップルでもないからLINEもぼちぼち。
 好きなアーティストが一緒だからその話題になるとチャット状態(LINEもチャットに入るんかな)になるけど、そんなLINEをしたのももう何ヶ月前のことか思い出せない。最後にあったのはお盆か。
 んー。少し考えて、身体を伸ばして充電コードにつないであった携帯を引っこ抜く。
『よっす~ 残業&締め日おわり!おうちでいかゲソで一杯中』
 おはようとおやすみ、おつかれ、以外のLINEを久しぶりに送った気がする。

 ピクルスを胃袋に放り込み、その勢いのままビールをぐいっと飲み干して、缶の残りをグラスに注ぎ切る。
 そういえば、冷蔵庫にグラスを常駐させとく癖はケンちゃんの真似だ。まだ付き合う前に何人かでよってたかってケンちゃんの家に突撃して餃子パーティをした時、冷凍庫からグラスが出てきてびっくりしたんだった。
「うわっ、そこからグラスが出てくんの?!」
「こうしておいた方が、ビールが美味いもん。」
 淡々とした返事、というかむしろわたしをバカにしたような返事でイラッとしたのを覚えている。
 わたしはまだビールは好きじゃなかったのに、グラス一つで変わるんだなとその数分後に思ったことも。

 わたしが好きなパーソナリティは例のケンちゃんも好きなアーティストで、今日もまた下世話なメールを読んでゲラゲラと笑っている。
 同じようにゲラゲラはさすがにできないけど、んふふって笑いながらいつも聞くのに、なんだか寂しくなってきた。

 そうだった。わたしが一人でお酒を飲むようになったのは、こんな日だった。

 家に帰ってきて、ラジオを再生させながら、ちょっと高いレトルトカレーを温めて食べていてしあわせだったのに、
「カレーには福神漬がないといかん!」
 と、一緒に作った特製スパイシーカレーを目の前にわたしに待てをさせ、スーパーまでママチャリを爆走させて福神漬を買いに行ったケンちゃんのことを思い出した、あの日。
 同じように寂しくなって、コンビニに行って生ビールと缶チューハイ、ポテチを買ったんだ。
 福神漬は、コンビニになかった。

 うお~。だっせえ。めっちゃわたしケンちゃん好きじゃんか。だっせえ。ハラタツ。
 なんか知らんが涙がゴンゴンと出てくる。ぐじゅぐじゅになりながら、いかゲソとポテチを食べる。ビールを飲み干す。
 うまい。うまいけど、酸っぱいよう。

 携帯が震えた。LINEだ。
『よっす~ こっちも今日は珍しく一人、家飲み。レモン酎ハイ買っちまったわ~。オレ飲まないから、年末実家戻る前にこっちよれねえ?』
 もじもじしたうさぎのスタンプがついている。

 ケンちゃんはちょっと馬鹿でかっこつけだ。
 なんで飲まないのに買うんだよ。大学のときからお前は缶チューハイは好かんとか言って飲まんかったやんけ。レモンとか柑橘系の缶チューハイしか買わないの、あたしやんけ。
「ふっへっへっへ。」
 泣いているのに、笑いがこみ上げてくる。

 ラジオで、またしょーもない下ネタが炸裂した。パーソナリティと一緒にゲラゲラと笑ってしまった。

この度は読んでくださって、ありがとうございます。 わたしの言葉がどこかにいるあなたへと届いていること、嬉しく思います。