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ブルーオレンジ【小説】

 電車に揺られること一時間半。それくらいでは大きく車窓の風景は変わらない。

 受験に失敗した俺は実家から少し離れた大学に通うことになった。大学近くで一人暮らしをする俺だったが、今日はなんとなく帰省したくなったのだ。

 詳しくいえば大学の課題レポートに使いたい本を取りにいくという建前はあったが所詮それは建前で、ただ「なんとなく」帰省したいのだ。

 もっと詳しく言うのなら。

 今日帰れば姉貴と会える気がしたのだ。確証はないがおそらく絶対。

 なんでそんなことを思ったのか、そしてなんで姉貴に会いに行きたいのかはわからない。わからないが無性に帰りたくなったのだ。

「ただいま」

 父が海外出張していてそれについていった母もいない。姉貴は大学入ってからずっと付き合っている彼氏とここ一年くらい同棲していた。だから帰ってくる言葉はないはずだ。しかし――。

「おかえり」

 と姉貴の声が聞こえてきて俺の予感は正しいことが証明された。

 炬燵に入ってぬくぬくしているようだ。

「久しぶり。なんでいるの?」

 と何故姉貴が戻ってきたのかを尋ねたが、帰ってきたのは「別にいたっていいでしょ」と突っぱねた返事だった。俺は姉貴がいると確信していたのだがそんなことを姉貴が知る由もなく単純な疑問とは受け取ってくれなかった。

 しばしの無言。なんとも気まずい空気のまま立ち尽くしていると姉貴の様子がおかしいことに気づいた。

 必死に隠していたが明らかに泣いた跡があった。それに気づいても俺は何も声をかけられなかった。

 本来何かあればそばで慰めてくれる存在がいる。それなのに今実家に帰ってきて泣いている。ということはつまり彼氏と喧嘩したか、……別れたか。

 当然他の可能性もあるのだが、姉貴の泣き方、様子をみているとしっくり来てしまった。

「彼氏と何かあったのか?」

「……うるさい」

 図星だったようだ。それはそれで悪いことを聞いたな後悔しつつ、彼氏との間に何があったのか気になる自分がいた。

「……別れた」

 どうやって聞き出そうか悩んでいるうちに自分から申告してきた。

 なるほど。やっぱりそうか。

 どこか俺は嬉しかった。

 俺は話を聞く意思があることを示すため炬燵に入り込む。

「昨日、カレが浮気しているのを知っちゃったの。スマホの画面にLINEの通知が目に入ってきちゃった」

 一人吐露する背中は寂寥感を纏い、今にも再び泣き出しそうだ。それでも姉貴は俺に聞いてほしいようで延々と語り続ける。

「最近外泊が多くて。研究室に籠ってるって言ってたからそう信じてたんだけど、本当は女と会ってた。もちろん研究室に籠ってる日もあったんだろうけど、女と一緒に夜を過ごしてるってだけで許せなくなって一方的にフッてやったの」

 浮気されているからフッたというよりフラれたようなものだが……。

 彼氏はどうして姉貴がいるのに他の女と共に夜を過ごしたのだろう。もう付き合い始めて三年になる。マンネリ化してきたのだろうか。それとも一緒に住むようになったことで手にいたと勘違いをして次の女に手を出したのだろうか。

 なんて変な思考を巡らせている間も姉貴は淡々としゃべり続けている。

 姉貴が色々語っている間、姉貴が大学生になるまでの出来事を思いかえす。


 父親が転勤族で度々引っ越していたものの、俺が中学受験をして中高一貫校に入学すると父親は単身赴任という形になり、母姉貴俺の三人で暮らすようになった。

 一般的に反抗期になりつつあるこの時期。俺に反抗期がなかったのは姉貴の存在のせいだろうか。

 俺はその頃から姉貴のことが好きだった。そして姉貴も俺をかわいがってくれていた。

 俺は所謂陰キャというやつで、クラスの隅っこで読書をしているタイプ。女子とは無縁で男子の友達すらあまりいなかった。

 それと対照的に姉貴はクラスの中心。明るい性格と憎めない愛嬌で男女へだたりなく接するタイプ。

 そんな姉貴だったからこそ俺の好意を受け止めてくれたんだろう。ある期間、俺と姉貴の関係は傍から見れば歪なものだった。

 姉弟にあるまじき禁断の関係。

 一言で言ってしまえばそんなもの。自分の欲をぶつけるだけの存在。ただ好意を抱いているだけだったのがいつからだったか。どちらが先に誘ったのかも覚えていない。とにかく歪な関係に成り下がってしまったのだ。

 やがて俺が高校生になったタイミングで父の海外出張が決まると母もついていくことになり、俺ら二人での生活になると関係はエスカレートした。

 姉貴が高校を卒業するまでの一年間、本当にひどいものだった。

 そんな関係も姉が進学を機に終わりを迎えた。というより姉貴は進学して早々彼氏を作ったのだ。まるで俺との関係をきっぱり終わらせるために新しい関係を持ったように思えてならなかった。

 姉貴のせいにしてはいけないが、それのせいで勉強に集中できず受験に失敗したのかもしれないくらい、俺はずっと引きずっていた。


 姉貴の話を聞いて何も言えないのは、そしてどこか高揚してしまうのは、まだ姉貴に思いを寄せているからだろうか。

「前から怪しいと思ってたのよ! 他の女とバーで飲んだー、カラオケ行ったー、って何も気にせず言ってきて、言われる身にもなってよ!」

 いつからか棚のバーボンをストレートで飲みだし、まるで彼氏に直接言うかのように俺に怒りをぶつけていた。

 俺に言われてもと突き放すこともできるがそんな気は毛頭起きず、まだ昼前だというのに姉貴のやけ酒に付き合った。

 やがてすべての愚痴を吐き出したのか、単に酔いすぎたのか、姉貴は炬燵に突っ伏して寝落ちてしまった。

 俺はそんな姉貴を見つめる。

 あの頃とは違う大人になった姉貴だ。高校生のときは純粋で単純で真っすぐだった。でも大学生になって大人になって子供の恋愛とは違うディープな世界を散々体験しただろう。

 大人の魅力が重なった姉貴を見ているとどうも変な気になってきた。酒が入っているから自制がきかない。

 炬燵の中で足を延ばし姉貴に絡ませる。あの頃も母の前ではコトができないので、こうして炬燵の中で絡み合っていた。

 しかし姉貴は深く寝入っていてこちらが一方的に絡んでいるだけ。ただ片思いしているだけのような、告白しても返事が返ってこないようなもどかしさ、寂しさに満たされて急に酔いが引いていく。

 あの頃は姉貴も俺に付き合ってくれた。雨のような俺に晴れのような姉貴は光を差してくれていた。

 でも所詮は雨と晴れ。ブルーとオレンジ。

 雨が降っていればそれは〝晴れ〟ではない。

 青と橙を混ぜれば黒になる。

 俺たちは一緒にならない方がいい。

 俺は姉貴の肩に毛布をかけ、用事を済ませて実家を後にした。




あとがき

 こんにちは、奴衣くるみです。

 一昨日から今日まで親友の横山黎が主催する「桃太郎合宿」に参加してきました。

 『Message』の共同創作のときにお世話になった大谷さんのお家にお邪魔して二泊三日で創作漬けの時間を過ごしました。

 現代にふさわしい「共生」「多様性」「体験」をテーマにした『桃太郎』を作ろうという企画でしたが、久しぶりの創作に触発されて書いたのがこの作品です。

 子供向けの絵本『桃太郎』を作ろうということで、心を一生懸命濾過して清い心で向き合いました。

 その結果、心の汚い部分、いわば濾紙で濾された部分で書いたのがこの小説になるのでしょう。


 まず最初に「ブルーオレンジ」ってタイトルが思い浮かんでそこから生まれたのがこの作品です。

 青とオレンジは補色関係にあり対極にあります。

 そして雨と晴れも同じような関係でうまく青とオレンジのイメージもハマります。そんな感じで、登場する二人の関係を結局交われない二人にしようと思い至りました。

 なぜ姉弟だったのかはあまり追及しないでください。単純な好みです。

 ただこの話は『桃太郎合宿』という貴重な舞台で書き上げたもの。完成度に少々不満がありますが、この三日での成果を公表しようとnoteにあげました。


 「結局交われない」というのをテーマにすると決めた以上、最初は交わっていた方がいいのかなと思いました。

 ただ久しぶりの創作でしたし三日間で仕上げるとなると書きやすい題材の方がいいなってなって姉弟という設定の二人にしようと思いました。

 姉弟ということは家族ですから最初から距離が近い。しかし結ばれるのは倫理的に遺伝学的に厳しい。

 という点が「結局交われない」に当てはまりほかの男女よりも書きやすそうでした。

 こうして姉弟という設定を決めた後はひたすら殴り書き。気が向く方にひたすら筆を進めました。


 最近更新ができていませんが、私は「Ebb and Flow」という、砂が落ちきると世界が創り変えられる「砂時計」の世界で、繰り返される男女の恋愛を描く連作短編小説集を書いています。

 今回の作品も「Ebb and Flow」に収録されるわけですが、今後直したい点があります。

 まず一つは姉弟という関係ですね。今回は絶対に三日で書ききるという精神で創ったので安易なものに飛びついてしまいました。

 でもやっぱり姉弟が結ばれないのは当然と言えば当然で、距離も近すぎるゆえに対極の存在だと言い切ることはできません。

 「一旦は交わる」ためのほどほどの距離感が難しいですが、再考したいなと思っています。

 もう一つは会話の難しさですね。浮気された女性を慰める経験はないし答えもわかりませんでした。


 前回から約八か月ぶりの投稿です。無事生きてますよ、ってことを伝えられて良かったです。

 はたして次の投稿はいつになるかな?


 それではまた。


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