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人と話す事のデメリット

トイレについて説明してくださいと言われどのように説明するだろうか。
大半の人は、排便する場所などという大まかな事を説明するだろう。
その反面、あなたは生まれてからトイレとは長く付き合っているはずだが、
トイレのそれしか説明できないなんて事はないだろうなぁ?

あなたはあなたが思っている以上に知識がないし、説明もできない。
なにも波動方程式について説明してくださいなんて事を言っているわけでもないのに。

それってなんでだろう、と言う事について。今回はそんな記事である。
そして、何が問題なのかと言う事についても話そうと思う。

まずは、なぜ僕達は上記のような錯覚に陥るのだろうか。
色々な要因がある。そもそも興味がないとか言葉の扱い方が下手とかその人個人からくるもの。
この場合、は個人の性格特性や遺伝によるものが大きいから仕方がないが、あるものに対して知っているという錯覚に陥ると言う問題とは話が別であると言う事は忘れないように。

個人からくるものではなく、外部から来るものを考えてみよう。
これも様々な要因があるが、影響力が強いのは他人と話す事なのではないかと思う。

僕達は他人と話すが、なぜ話せるのだろうか。
話している言語の種類が同じである事、その言語による、ある程度の知識が共有されている事で話せる。
これらの条件が満たされた時、話す事ができるのだと思う。
そう、この「ある程度の知識量」の共有がいい感じにメリットにもデメリットにも働いている気がする。
メリットとしては、ある程度の想像力みたいなものを使えば相手の言いたい事が理解できる。しかし、その場合の理解は自分の想像力に依存する。
その想像がある程度相手の言いたい事と同じような事を想像できている場合は話が通じ合う、話ができるという事になる。
話が通じ合う事ができればそれで良いのだが、
重要な問題は、この話の仕方は楽であるが、僕達はこの話の仕方であるが故に知っているつもりになったりするという事である。

友達にインフレって何?と聞く事にしましょう。
そして、インフレの説明をあなたは聞く。
それであなたはインフレについて知った。
インフレってどうして起こるんですか?と、他の誰かから質問された時、あなたは説明できないはずだ。
なぜか。
あなたはインフレって何?という質問をしていて、その説明をされたからインフレってこういう事なんだと解釈する。友人からの説明があなたの中のインフレの全てになってしまい、インフレについてわかった気持ちになってしまうのだ。わからない事はたくさんあるのに。

常に自分に疑問を持ち、好奇心を忘れなければこんな事にはならないが、興味がない分野だととてもそれが起こってしまう。
だから、わからない事は正直にわからないと言うべきである。

今回はとても面白くない記事になってしまい申し訳ない。


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