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【おはなし】塔の街のヌーとモモ①

ep.1  はじまり

塔の街の上り坂を、ヌーは歩いています。
実際のところ、ヌーは道に迷っていました。迷路のような路地をあっちに行ったり、こっちに行ったり。日もそろそろ暮れかけて、街はどんどん夕焼けの色に染まっていきます。今はすっかり疲れて、はやく帰りたいと思っているのですが、どうにも、前に歩いた時と全然様子が違うので、途方にくれているのでした。

「ここは、こんなに道が多かったかしら…それに、見たことない扉が、あちこちに増えている気がするわ。」

塔の街は、その名の通り、大きな塔のように、上に上に伸びた形をしていて、その周りを螺旋状に大きな通りや商店がぐるりと囲む形をしています。だからヌーは、迷っても上に上に行けばきっと何とかなるわ と思っていたのですが、どうも上手くいきません。この街はそれは小さな路地も多く、いつのまにか自分が上に歩いてるか、下に歩いてるかも分からなくなるほどなのです。

「あのひとに道を聞いてみよう。」

向こうから、さびがら模様の毛並みをした、1人の若者がやってきたので、ヌーは声をかけました。

「もしもし、ちょっとお尋ねしますけれど、●△×通りは、どちらにありますか。わたし、そこに帰りたいんです。」

すると若者は、尖った耳をピンと立て、ひげをぴくぴく動かしながらヌーを見ました。こがね色の目の中の黒い丸が、スーっと糸のように細くなります。

「●△×通りだって?それはまた、ややこしいところから来たねぇ。」

若者が肩にかついだ魚籠(びく)の中でぴしゃり、と魚の跳ねる音がしました。手には釣竿も持っています。どうやら彼は釣りの帰りのようでした。

「ま、いいさ。ついておいで。特別な抜け道を教えてあげよう。」

ヌーはとても嬉しくなって、その若者について行きました。彼はモモという名前でした。

細い道を2人で歩いて行きます。モモはすいすいと進んで行くのでヌーは見失わないよう一心について行きます。

「何だか、前に来た時よりも、道が増えている気がするんです。」

ヌーはモモに言いました。

「それは、そうさ。街は生き物なんだからね。」

モモはそう答えました。

「生き物…」
「君は、まだここにきて、日が浅いのだったね。」
「そう、だったかもしれません…」

答えながらヌーは、わたしはいつの間にこの街に来たのだろうか、と考えました。

「神話にでてくる、バベルの塔みたいに、
すこーしづつ、上に、上に伸びているんだ。道や、家や、ドアを増やしたり、無くしたり。気の向くままに、生きているのさ。」

モモは上を見上げて言いました。街のてっぺんには、白い霧がかかっていて、どうなっているのか、誰も見ることは出来ません。

「いつか、雲まで届くのでしょうか。」
「気の遠くなるほど、先のことさ。」

モモはふいに、通りの靴屋と生地屋の間の壁にしゃがみこみました。よくよく見ると、ヌーが屈んでようやく通れるほどの小さな木の赤い扉がありました。モモはマントの中からたくさんの鍵の束を取り出して、その中でいっとう小さな鍵で扉を開けました。

「少し狭いけど、この小さなドアをくぐって行って、出た道をまっすぐに行けば、君の家の通りまで帰れるよ。」

「どうも、親切にありがとう。」

「魚を一匹どうだい。この葉にくるんで、キノコと一緒に焼くと美味いんだ。」

モモは背中の魚籠から1匹、尻尾を掴んで引っ張り出しました。そしてマントから取り出した細長い緑の葉でさっとくるんで、ヌーに渡しました。

「まぁ、嬉しい。この街には、釣りのできるところもあるんですね。」
「あるとも。今度連れて行ってあげよう。」

ヌーは、本当にそれを楽しみに思いました。


ep.1 end

つぎのおはなし



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