【おはなし】塔の街のヌーとモモ④
ep.4 ヌーと小鳥
ある風の冷たい日のこと。ヌーは市場で夕飯の買い物をして、そして、おやつに前から試してみたかったお店の焼き菓子を買って、家路を急いでおりました。貝の型で作られた焼き菓子で、袋の外からもバターと砂糖の甘い良い香りがしています。
風はぴゅうぴゅうと吹き、小路につむじ風を作っておりました。ヌーの鼻も赤くなります。ヌーは、あぁ早く窓辺に座って暖かい珈琲を一口飲んで、そしてこのお菓子を楽しみたいものだなぁ!というはやる気持ちでレンガ道を駆けていきます。
と、その時、ひとりの人物とすれ違いました。ヌーは思わず足を止めました。というのも、そのひとは、ぼさぼさの白い毛並みにツギハギだらけのぼろのマントを羽織り、今にも倒れそうによぼよぼと歩いていたからです。ヌーはこの街でこんなにみすぼらしいひとに出会ったのは初めてでした。
ヌーは思わず声をかけました。
「もし、そこのかた、大丈夫ですか?何か、手助けをしましょうか。」
するとそのみすぼらしいひとは、ヌーの方をゆっくりと振り返りました。ぼさぼさの毛並みに目が隠れてしまって、若いひとなのか、年をとったひとなのか、悲しいのか、嬉しいのかよくわからない顔をしておりました。白いひげもあっちこっちの方向に伸びっぱなしで、ヌーはすこしおっかなく思いました。
みすぼらしいひとはゆっくりと話しました。
「ご心配には、およびません。どうか、私のようなものにはかまわないでください。」
それは消え入るようでしたが、優しい声でしたので、ヌーは少し安心しました。しかしどうも放っていくのは気がかりです。
「でもあなたは、そんな薄いぼろのマントひとつで、とても寒そうです。私のマフラーを差し上げましょうか。」
みすぼらしいひとは首を横にふって、
「そんな良いものを頂いてしまっては、それを無くした時に、また凍えて悲しくなってしまいます。」
ヌーはよくわかりませんでした。しかし、それならば、と、
「あなたは、このつむじ風のなか、よろよろと危なげに歩いていらっしゃる。ちょっとそこまで、私が手をかして差し上げましょうか。」
と言いました。そのひとはまた首を横にふって
「そんなありがたいことをしていただいては、その後に私は一人で歩いていかれなくなるかもしれません。」
と言いました。
ヌーは何だか悲しい気持ちになってきました。
「それなら、それなら、私とお友達になって下さいますか。そうして私の家まで行って、暖かい珈琲を淹れて、この焼き菓子を一緒に食べませんか。」
そのひとは、やはり首を横にふって、小さな声で言いました。
「そんな素敵なことをして頂いては、あなたが居なくなった時に、私は寂しくてたまらなくなってしまいます。」
そうしてそのみすぼらしいひとは、とうとう、とぼとぼと歩いて小さな路地の中を行ってしまいました。
ヌーはぼんやりと彼に言われたことを考えておりました。
その時、一羽の小鳥がやってきて、ヌーの肩に止まりました。
「何かを得るためには、何かを失うということを、受け入れなくては。良く生きていくことは出来ないのだよ。」
小鳥はヌーの肩でそう言いました。
ヌーはそんなことを考えたこともありませんでした。そんな悲しいことがあると知りませんでした。素敵なものや時間は、たとえ形を変えても、ずっと続くと思っていたのです。
ヌーは泣きそうな気持ちになって、息継ぎ早く小鳥に尋ねました。
「あなたは、あなたはどうですか。私とお友達になって下さいますか。私が居なくなったとしても、あぁあれは良い日々であったな、と、そう思って過ごしてくださいますか。」
「それが、失うことを受け入れる、ということさ。きみが、もし私が居なくなってとしても同じように思ってくれると言うのなら、私は喜んでその誘いを受けるよ。」
小鳥はヌーの方をじっと見てそう言いました。
「それなら、それなら、私と家に行って、この焼き菓子を一緒に食べましょう。そして珈琲を淹れているあいだ、このお菓子の貝の形に縞模様が何本あるか、お互いに数えて過ごしましょうよ。」
「いいとも。それは本当に素敵なことだね。」
ヌーはそれを聞くと、すっかりほっとして、元気を取り戻しました。二人は連れ立って再び家路を歩き始めました。
あたりは、暗くなり始めていました。
冷たい風がまたびゅうっと吹いて夜の街を通り抜けていきました。
ep.4 end.
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