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【おはなし】 塔の街のヌーとモモ③

これまでのおはなし

ep.3  「キャンデラ草」

ある雨の日のこと、ヌーは道具屋にやってきました。部屋の白熱灯が切れてしまったので、買いにやって来たのです。

狭い路地裏の入口に「道具屋 コノサキ」と書かれた看板がついています。(親切に、はさみの形をしておりました。)その裏道はたいそう狭かったので、ヌーは傘を畳みました。幸いに、黄色のレインコートとそろいの長靴を履いておりましたので、濡れることはありませんでした。

道の先に古びた青錆色の木のドアがありました。さっき見たのと同じはさみの看板がついていて「アキナイチュウ」と書いてあります。ヌーはおそるおそる扉を開けました。

ギギイイ、

「ごめんください。」

店の中は薄暗く、奥の方はよく見えませんでした。所狭しと棚が無秩序に並べられ、ありとあらゆる物が置かれておりました。ヌーが目に付いただけでも、珍しい形のビン、色々な大きさの錆びたぜんまい、昔のミシン、見たことのない駒のボードゲーム、そしてガラスの容れ物がたくさん並び、中にはそれぞれボタンや古びた鍵などがいっぱいに入っておりました。
店はところどころ雨漏りがして、かねのお皿が雫を受け止めるピチョン、ピチョンという音が響いておりました。

「どちらさまかね?」

奥の暗がりから、ぬっと店主が現れました。丸眼鏡をかけて口髭をたくわえ、パイプをふかしています。ヌーはおっかなびっくり尋ねました。

「こちらに、白熱灯は置いてありますか。部屋の灯りが切れて困っているのです。」

「ふむ、白熱灯か。ちょっと待っておくれ。」

そう言って店主は奥の暗がりでしばらくガタゴト、バタンバタンとやってから、困った顔で戻ってきました。

「すまんが、あいにく品切れだね。とりいそぎ、これで何とかやっておくれ。」

店主はヌーに、新品のキャンドルと、もうひとつ、何か丸くて黒っぽいものを渡しました。ピンポン球くらいの大きさで、ワニナシの種に似ています。

「キャンドルは良いですね。でも、これは?」
「おう、これをご存知で無いか。そいつは、すぐには使えないが、そのうち役に立つ。いいかい、水はやらなくていい。かわりに、太陽の光をとにかくたくさん当ててやるんだ。わかったね?」

ヌーは不思議に思って、その種をつまんでみながらも、なかなか可愛らしくて面白いのでポケットに入れました。

「どうもありがとう。」
「すまんね。またおいで。そのうちライトも手に入るだろう。」

ヌーはお金を払って道具屋をあとにしました。そのころ、雨はもう止んでおりました。

それからというもの、ヌーは夜はキャンドルをつけて過ごしました。少し暗いけれど、ユラユラと揺れる火を見ているのは心地よく、すっかり気に入ってしまいました。一緒に貰った丸い種は、教えてもらった通り、窓辺に置いてよく陽の光に当てておきました。

3日ほどして、種からしゅるり、と緑の芽が生えてきました。

「水もあげてないのに、不思議だこと。」

芽が生えた種はいっそう可愛らしく、そして幾分か伸びたあと、大きなつぼみをつけました。どんな花が咲くかしら、とヌーが楽しみにしている間に、一週間が過ぎました。
ある夜、ヌーはキャンドルに火をつけようとして、もうあとほんのちょっぴりしか無いのに気がつきました。

「今夜は月が明るいけれど、また買いに行かなくてはいけないわね。」

その時です。窓辺の例の植物のつぼみが、月の光を受けてフワリと花開きました。
花はトランペットのような形をしていて、開いた花の真ん中に、まん丸な卵のようなものがついています。花びらがすっかり開くと、そのまん丸が、なんとライトのように光り始めたのです。部屋はにわかに明るくなって、ヌーはたいそうびっくりして小さく叫びました。

「道具屋さんが、そのうち役に立つと言っていたのは、こういうことだったのね!」

ヌーは感心してその花を見つめておりました。
その時、家の外から声がしました。

「おうい、居るかね。」

ヌーが扉を開けると、そこにはモモがおりました。夜に訪ねてくるのは珍しいことです。モモは何と、今しがたヌーの窓辺で咲いたのと同じ花を手に持っていました。モモの花も同じように光っておりました。

「こんばんは。」
「今日は、市場の夜のお祭りだ。君も行くだろう?」
「お祭りなんて、知らなかったわ。」
「普段は、市場は朝だけだけど、年に一度は夜にテントを出して、みんなでうまい食べ物や珍しい物を売りに出したりして、夜通し楽しむんだ。今日がその日ってわけさ。暗いから、みなこのキャンデラ草を手に持っていく。きみ、持っているかい?」

ヌーはパッと笑って、自信たっぷりに、先ほど咲いたばかりの花を手に持って来ました。

「いいぞ。じゃあ行こう。」

「この花はキャンデラ草というのねえ。」
「そう。太陽の光を種にため込んで、花が開いたときにその光りを放つんだ。そうして光に寄って来た虫が、蛍みたいにおしりに光をくっつけて飛んで回ると、またそこにキャンデラ草が生えてくる。街ではあまり見かけないが、森深くに行くと見られるね。」

道行く人たちも楽しげに、みな手にキャンデラ草 を持っています。街灯の光よりも優しい花の光が、お祭りのある広場に集まって行きます。そうして、みなの集まった広場は輝くようにキラキラと光り、色とりどりのテントや旗が照らされて、それは本当に素敵に楽しそうなお祭りでした。

ヌーは嬉しくなって、ああ私もこのキャンデラ草があって良かったわ と思いました。

「さあ行こう。お祭りの日にだけ出る魚のパイがあるんだ。早くしないと、無くなっちまう。」

モモはさっさと歩き出しました。ヌーも慌てて付いて行こうとしたとき、

「あ、あれは道具屋さん!」

ヌーは、広場の少し離れたところの階段のうえに、例の道具屋の店主を見つけました。彼はお祭りのがやがやから少し離れて、この日のための特別なパイプをふかしておりました。

「おおい、おおい!」

ヌーは大きく手を振って、そうしてもう片方の手で感謝の気持ちを込めて、キャンデラ草を高く掲げました。店主は、遠くからそれに気づいて、片手を上げて、フフン、と笑ったようでした。

ep.3 end

つぎのおはなし





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