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撮影2日目
12月19日。この日は康平役の近澤智さんのクランクイン。
キャストスタッフともに、近澤さんとは初顔合わせ。
近澤さんとの初コンタクトは、シネマプランナーズ経由でご応募いただいたことから始まった。端正な顔立ちの彼と、康平というダサキャラとの接点が掴めず、面談の際、丁重にお断りしよう、と考えていた。
しかし。面談の際に現れた、彼の「ダサい一面」、人間くさい側面が、康平の不器用で懸命な性格とリンクし、その場でオファーさせていただいた。
今回の登場人物のうち、カナと康平だけが、実在の人物ではなく、ゼロからつくりあげたキャラクターである。そのうち、カナは私の中学時代がモデルになっている。
いっぽう、康平には、これ!とリンクする存在はいない。康平というキャラを生み出したのは、私の旧友がモデルの岩川悠美にとって最愛の彼氏となるような存在が、この物語にいてほしい、と考えたからである。
私の旧友の悠美は、嫉妬心が激しく、その結果、彼氏と折り合いがつかず、喧嘩別れで幕を閉じた。彼女の、悲鳴にも似た愚痴を聞きながら、悠美も、そして彼女の彼氏も、ほんの少し譲り、わずかに分かってあげるだけで、お互いの手が掴めたのに……という気がしてならなかった。
結果的に、私も悠美と喧嘩別れをしてしまい、以降、連絡先も、どこで何をしているかも分からずにいる。
私はこの物語を書くことで、悠美を分かった気になって、物語のなかで幸せにしてあげることで、悠美の手を離した事実を忘れようとしていた。
そして。12月19日。
秋の木漏れ陽に包まれながら、撮影は開始した。
悠美を理解しようと、懸命に言葉を拾う康平。康平のその姿に、次第に嫉妬の気持ちが氷解する悠美。やがて康平は少しずつ、言葉を紡ぎながら、悠美の気持ちを代弁し始める。自分を分かろうとする康平を見て、悠美は康平を分かろうとする。
お互いの手と足が、落ち葉のなかをすり抜けながら、次第に近づいていく。
やがて、悠美と康平は笑い出す。橙色の景色が、二人を抱きしめる。それにより、二人の距離はさらに縮む。
本当にその場に悠美がいる気がした。目の前で、自分が突き放してしまった友人が、幸せそうに笑っているように感じた。
謝ることも追いかけることもできなかった昔の友だちが、いま、楽しそうに笑って、この日を過ごしている。この5年間、ずっと引っかかり続けていたモヤモヤと心の枷が、徐々に消えていく気がした。
もちろん、映画のなかと現実は違う。映画という空間で幸せになっているから、モデルになった友人の悠美が幸せになるわけではない。
自分のエゴであり、自己満足なことは分かっている。だが、包み隠さず言うなら、私はそれを発端にこの物語を描き始めた。自分が友人の手を離した事実を洗い流したくてこの話を書いた。しかし心は軽くならなかった。だがこの映画で、ようやく、その気持ちから解放された。
そして、それを実現してくれたのは、他でもない、康平であり、近澤さんである。
康平は近澤さんだったのだ。私はずっと近澤さんを探していて、それがたまたま「康平」という名前だっただけで、近澤さんに巡り会うためにこのキャラをつくったんだ。
撮影終盤。想定以上にスケジュールが押してしまい、焦りと混乱のなか、最後のシーンに取り組んでいた。その時、近澤さんが率先して、場を動かし、盛り上げてくれた。
悠美と同じく、私も近澤さんに救われた。
キャリーバックを片手に18時の大阪へ消える近澤さんの背中を見ながら、そんなことを考えていた。
(文・小池太郎)
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