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子どもは大好きなのに産みたくなくなってしまった。悲しい。

将来、私は子どもを産むんだと思っていた。好きな男の遺伝子を残したい思考の持ち主だから、恋をすると本気で子どもが欲しいと常々思っていた。

女の子と男の子、一人ずつ産んで、思いっきり伸び伸びと育てるんだ。きちんと教養を教え、人の痛みがわかる優しい子に育てるんだ。そんな未来だって思い描いていた。

だけど今は、子どもはいいや。

言いたいことの大半は最近公開されたこのエッセイに載っているので正直話すことがほぼなくなってしまったのだけれど、私の話もさせてくれ。

きっかけは姪の誕生だった。

子育て is ハードモード

昨年7月、姪が生まれた。あまりにも小さく柔らかかったため、私は初め抱くことを躊躇った。抱いた瞬間壊してしまいそうなほど、繊細な生き物であるように見えた。

私にとっての「子ども」は、2~3歳からのイメージだった。なんでか知らないけど、その前に「新生児~赤ちゃん」という時期があることが頭から抜けていた。こんな壊れそうな生き物、私は育てられるのだろうかと不安の兆しが芽生え始めていた。

誕生から今の今まで(最近は会えてないけど)私は姪の子育てに協力している。1ヶ月目から、まあだいたい8ヶ月目くらいまで、だろうか。で、そこで実感した「子育てやべえ」

夜は泣く、3時間に1回ミルクをあげる、揺らしていないと寝ない、ミルク吐いて服が汚れる、おむつ替え、成長に従って抱っこもだんだん辛くなる(事実何度か筋肉痛になった)など。し、しんど。

いや、可愛いよ、ひいき目なしにこんな可愛い赤ちゃん今まで見たことない。多分絶世の美女に成長するってくらい可愛い(当初「こんなに可愛いと自分の子を可愛いと思えなくなるんじゃないか」と思ったぐらいに可愛い)んだけど、しんどいもんはしんどい。

これは「他人の子」の世話だからしんどいのか?自分の子だったら「愛しい>>>>>大変」になるのか?自分の子がいないからわからない。産んだらわかるのだろうけど、今のところ予定がなさすぎる。

私は人の命を背負うのが怖い

昨年末、実家帰省中に家族全員でインフルエンザに感染した。最悪な正月。もれなく姪も感染した。生後半年の小さな身体が熱を持ち、けほんけほんと咳をする様子がたまらなく辛かった。し、何よりも怖かった。小さな身体が39度という高熱に耐えうるのだろうか、なにか将来的な障害が残ったりしないのだろうか。知識がないゆえに、なにかも怖かった。

と同時に、自分の立場に置き換えたとき、子どもの命を短くて18年、またはそれ以上の期間で守り切れるのだろうかと不安になった。子どもの巣立ちの時まで、私自身もこの日本で生き抜くことはできるのだろうかと。自問自答した結果、「今の私には無理だ」と判断した。他人(血はつながっているが、別個体としての他人)を背負えるほどの器じゃない。
ちなみに「今の私」としているのは、今後もしかして年を重ねるごとに考えが変わる可能性もあるからと考慮しての表現である。

動物の世話すら「う~~~ん、めんどくさそう」となるくらいだから、多分今の私は、なにかを育てることが無理。だったらもう一人を謳歌しようって思ってる。

ここまで書き連ねて思ったけど、世の中の母親、偉大すぎる。子育て家事家族の健康管理仕事。いやほんと頭が上がりません。すごい。

命を背負うのは自分だけじゃないはずだ

ただね、これは多分私が今「ひとり」だからだとも思う。「誰か」と育てるイメージが一切ないのだ。正直一人で産みたい時期もあったけど、今は一人では産み育てられないだろうなと思っている。だから、誰かにいてほしい。それは父親なのかもしれないし、周りの仲間なのかもしれないし。

そんな環境が見えたら、子どもを産みたいなと考えるかもしれないな。

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