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インド旅行記⑥(散髪して、タブラを買った話)
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この日の朝はそんなにお腹も空いていなかったので、朝食を食べずにシャワーを浴び、洗濯を済ませて、散髪に行く。
ホテル近くで気になっていた「Siva Barbershop」。外から覗くと、無愛想そうな親父が一人でやっているようだ。入ると先にシェービングをしている客がいて、終わると紙幣数枚を渡している。これならカットはどんなに高くても数百ルピーくらいか?外人価格でもそう大した金額にはならないだろう。いざ自分の番になり、カットはいくらか聞くと150ルピー(≒270円)との事。思ったより安い!サイコー!!とのことで、ざっくりとサイドはショートで、トップはミディアムくらいで、とお願いする。刈り上げのゲージの数を確認してくれたりして、なかなかしっかり切ってくれそうな雰囲気。
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カットそのものは櫛をあててバリカンでざっくり刈り落として、細かいところはハサミで調整という感じ。カット中に話しかけると、愛想はないが色々教えてくれる。「お前は髪が傷んでるから近くにあるスパに行くといい」とか、「タブラの演奏が聞きたかったらここのレストランに行くといい」とか、ぶっきらぼうながらも親切に教えてくれる。
店の奥には親父の息子なのか間貸ししているのか、タトゥーアーティストの兄ちゃんがスタジオを構えていて、途中でチャイを買ってきて振る舞ってくれた。兄ちゃんは英語は不得意なようだが頑張って話し掛けてくれて、親父のサポートもあって他愛ない色んなことを話した。
カットとシャンプー(シャンプーは懐かしの前屈みスタイルだった)が終わり、頭も心も非常にさっぱりして良い気持ちになることができた。これで150ルピーなんて何だか申し訳ない。「マッサージするか?」と聞かれてお願いすると、頭皮や腕、顔を念入りにマッサージしてくれる。割りとしっかりやってくれて、時折痛いがなかなか心地よい。チーズヌードルのCMのチーズ星人みたいに両手の人差し指で肩をチュンチュンチュンチュン!!ってやるやつとか、後ろから逆アイアンクローの要領で額から後頭部にかけて鷲掴みながら引っ張るやつとか、まぶたを強めにつまんでチュンッ!とやるやつとか。どんな風に効くのかはよく分からないが、荒いながらもとても気持ち良かった。もしかすると、あれでどこかのチャクラが開くのかもしれない。
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マッサージも終わると、「今度はクイックフェイスマッサージはどうか?」との提案。サッパリして気分もいいし、まぁカット150ルピーなら多少メニューが増えても大丈夫だろうと思い、クイックフェイスマッサージもお願いする。
顔を揉んでくれるくらいなのかと思ったら、何かパッケージから出した白いクリームを水で溶いて、筆で顔に塗りたくられる。少々戸惑いながらも面白がって写真など撮っていると「息をしないで寝てろ」と怒られる。状況がよく掴めないまま大人しくしていると(勿論息はしてました)、10分後にスポンジで乱雑に拭い取って、もう一回。前回と同じように、白いクリームを水で溶いて筆で塗りたくって寝る。また10分後に拭われる。
クリームのパッケージにはPale skinと書いてあったから、美白効果のあるものなんだろうか。確かにインドでは色白の方がモテると聞いたことがある。最後にハーブの香りのするオイルで念入りにマッサージされ、終了。親父から「色白になっただろ?」と言われるも、正直なところ良く分からない。しかし私もいっぱしの社会人、意地を張ったところで何にもならないところで引き下がる分別はある。人の良い親父に「そうだね!」と元気に答えた。
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クイックとはいいつつも20分くらいかかったから、これはカット150ルピーとは言え、500ルピーとかいっちゃうかもな、と思いながら会計すると、何と2,000ルピー。リアルに「うそやん」と声が出てしまった。
うそやん。おっちゃん、俺とあんなに楽しく会話してたやん。俺のまぶたチュンッ!てしたやん。と目で訴えかけるも、取りつく島もなし。振り絞るように「それは高すぎる。ナンセンスですよ。」と言うと、親父はこともなげにさっき塗りたくった白いクリームのパックを指さし、「それが1,500ルピーだ」と。
これは正直、結構ショックだった。色々話して結構仲良くなれたと思っていたのに、そう思っていたのは俺だけだったのか。親父からすれば、俺はただの外国人のカモの一人だったのか。そういえば私が写真を撮ってるスマホを見て「それはいくらなのか?」と聞いてきたが、あれも経済事情に探りを入れていたのか。くわぁ、そういえば俺の顔拭ってたタオルって、あれ前のシェービングのおっさんの顔拭いてたやつやんけ、などと様々な思いが去来するも、全てはもう取り返しのつかぬこと。あれだけ10ルピー単位で値段交渉を頑張っていたのに、この2,000ルピーは言われるままに払いました。もう喧嘩する気力もなかった。
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信頼なんてものは相互で確認できるものではなく、「自分がそう信じている」という一方向性のものでしかない。結果として相手が思いに応えてくれるように見えたとしても、いつ破綻が訪れるのかは分からない。いつでもそれが来れば、私はそれを耐え、受け入れるしかないのだ。そんなことは若い頃にきつく肝に銘じた筈なのに、自分は久しくそれを忘れていたようだ。海外に来て浮かれてしまったのか、私がいつからかずっとそういった緩んだ心持ちでいたのか。少し話したくらいで、心が通うなんて思ってはいけない。美しいものはすべて稀である。滅びに至る道は広く、救いに至る道は狭い。お前はいつでもワイルドサイドを歩け。
2,000ルピーを親父に手渡して、項垂れてShiva Barberを後にする。もし読者の皆さんの中にインドコスメに詳しくて、それマジめっちゃ高いやつだよ!とかご存じの方がいたら、是非教えてください。私の魂が救われるので。
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項垂れて街路を歩いていると、ふとものすごくお腹が減っていることに気付く。ちょっと寂しい気持ちになっちゃったし、景気付けに肉でも食べに行くかなと思い、イスラームの人々が暮らすエリアに足を向ける。
バラナシのガンガー沿いのエリアはヒンズー教の聖地であるため、殺生を避けて露店やレストランもほとんどがベジメニューのみ。しかしヒンズーではないイスラームの人々の街区に行けば、肉が食べられると聞いていたのだ。
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15分ほど歩いてそれと思しきエリアに入ると、確かに看板にマトンやチキンの記載がある。とりあえず「ビリヤニ」と書いてある道路に開けっぴろげのお店に入ってみて、マトンビリヤニのスモール60ルピーを注文。入り口には若い兄ちゃんが2人いて、美味しそうに色付いたお米が沢山入っているでっかい釜からよそってサーブしてくれる。テーブルにゴキブリの赤ちゃんが歩いていたが、安い割においしいビリヤニだった。薄暗い店内には特に食事をするわけでもないおじさん達が何人もたむろしていたが、あれは何だったんだろう。
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食後にそのあたりをウロウロしていると、何やら行進に出くわす。唯でさえ細い道なのに、大勢が真っ黒な服を着込み、何か飾りの付いた槍のようなものを抱えていたり、中程には数人がかりで棺桶ほどのサイズのものを肩に担いでいたりもする。葬儀を行っているのかとも思ったが、それにしては担ぎ方がややぞんざいな気がする。子供たちもいて、何か鞭のようなものでそこらをビタンビタンやっていた。
その時は分からなかったが、日本に戻ってから詳しい方に教えて頂いたところによると、これはどうもシーア派の人々の行事、「アーシュラー」というもので、シーア派の人々が3代目イマームであるフサインの殉教を悼む宗教行事らしい。彼の死を悼むというのは確かに宗教的にデリケートな事柄であり、宗教感情が高まることから、この行事の時期には外務省からも注意喚起が出ているようだ。恥ずかしながら全然知りませんでした。
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その後ゲストハウス近くに戻り、店が立ち並ぶ路地をブラブラしてみる。
これまでに通らなかったところを意識して歩いていると、幅2m、奥行き4mほどのスペースに、タブラが沢山置かれているお店?を発見する。聞いてみると、やはりタブラの工房のようだ。日本でタブラを習っているんだ、と説明すると、色々と見せてくれることに。店主もとてもフランクで良い人そうだ。
私の希望、「小さめで明るいトーンの音が出るやつ」を伝え、いくつか叩かせてもらったのだが、この試打させてもらったタブラがどれも、何とも明るくてヌケの良い音がする、良さげなタブラだった。叩いていると、購入意欲が自分の中でもにわかに本格化してくる。一番気に入ったものを選び、テンション調整用の木の棒(ギッティー)を入れてもらうと、やはりますます素晴らしい音に。
ちなみに初めてタブラの皮を張り替えてみる時に、私はこのギッティーを入れるのに大変苦労したのだが、やはり本場の職人さんはすごい。でっかい柄のついたキリのような道具を器用に使って、スルスルと革紐にギッティーをねじ込んでいく。最後の仕上げに、縁のところの皮を箆を使いながら綺麗に円形にカットして整えてくれて、隙間に糸を差し込んで完成。タブラが出来上がるのを初めて見たことに大いに感動し、またこれまで数年間一生懸命叩いて練習してきたのに、そんなところに糸が入っているなんてことも全く知らなかった。インドまで来てよかった。
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少し小ぶりで明るい音のタブラ(セットでも「タブラ」だが、右手で叩く方の太鼓のみを指すときもタブラと呼ぶ)と、かなり小さめだがよく響くかわいいバーヤーン(左手で叩く低音の出る方の太鼓)を、日本で買うのと比べて割安な値段で買うことができた。何というか、本当に久しぶりに、物を買うことに対して胸が躍る経験だった。何故か小学生の頃、地元の本屋で毎月楽しみにしていたコロコロコミックを買って、自転車で家に帰るまでの時の気持ちを思い出した。コロコロを買ってたあの本屋は車屋に併設されていたが、今思えばどういう経営形態だったんだろう。
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タブラ工房からゲストハウスまでは、まず大通りに出てそこから歩いて10分程度の距離なのだが、タブラセットを両脇に抱えてバラナシの雑踏の中、未舗装の路を歩くのはさすがにキツい。オートではなく自転車のサイクルリクシャーがいたので跨ってるおじいさんに声を掛けると、1ルピーでいいと言う。そんなことあるんかいなと思ったが、5分ほど坂を下って中心の交差点に戻るだけなので、まぁそんなこともあるんかなと思ってタブラ共々乗り込む。今考えると1ルピーなんてあり得ないのだが、タブラを買ってよほど浮かれていたのでしょうね。
交差点まで辿り着き、「ほんとにいいの?10ルピーは払うよ」と手渡すと、「100だ!」と言われる。出た出た。あなたもそのパターンですか。
床屋の親父は色々お話しもしたしちょっぴり(大分)信用してたけど、このリクシャワーラーのお爺さんとは殆ど話していない!今回は自分も「分かった。20は出す。それが嫌なら私は払わない。」と持ち掛けたが、相手は100だ100だと譲らない。埒が明かなかったので「分かった。あなたは20すらもいらないんですね。」と言って立ち去ろうとすると、後ろから追いかけてきて20ルピー札をふんだくられた。
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お爺さん相手に強気に出てしまったので、ちょっと心配になって後でゲストハウスのおじさんに適正価格を聞いたところ、20も払えば充分、ちょっと払いすぎなくらい、とのことでした。よかった。
タブラを部屋に持ち帰って、少し触ってみる。やはり良い音で、出会えてよかったと喜びをひしひしと噛み締めた。
もう少し触っていたいが、そろそろ日もくれそうな頃合い。今日の夕は、プージャを見にってみようと思う。
(インド旅行記⑦に続く)
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