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僕がHRM研究者を志したワケ

MBAの教員をしていると,MBAの学生や企業研修の受講生から「なぜ大学の先生を目指したのですか?」ということをよく聞かれる。

いくつか理由はあるけれど,整理をしておこうと思う。

0. 研究者になろうと思った3つの理由


 1つは,元々ずっと会社にいるつもりはなかったこと。詳しいことは下に書いたが,多くの企業がMBAの出願要件として実務経験(だいたい3年から3年半以上)を求めており,その実務経験と学費を稼ぐというのが何となくあった。

 2つ目は,自分の部長の転籍手続きを行ったこと。自分の部長の転籍(関連会社に籍を変えること)手続きをしたとき,
「あぁ,自分もどんなに頑張っても,20-30年後に鶴の一声でどこかの関連会社に転籍するのだなぁ」
と感じてしまった。自分の生殺与奪(=キャリア)を他人に委ねることに抵抗感があった。

 3つ目は,内側からは山は動かせないけど,外からなら動かせるかもしれない,と思ったこと。大きな組織ほど,自分の考えで組織を動かすのは容易ではない。特に入社して間もない日の浅い若造が何を言っても,どこかの意思決定プロセスで止まってしまう可能性が高い。
 でも,当時の私は,研究者なら違うかもしれないと考えた。研究者であれば,場合によっては若くても経営者と出会うことも可能だし,例えば,企業調査データを使わせてもらった代わりに実務的なインプリケーションを提案することで,組織全体が動くことがある。下から組織を動かすことが難しいのなら,横から組織を動かすことができる職業,それが研究者だと考えるようになった。

1. 修士を出てから人事になった

 僕は,学部を卒業して就職をせずそのまま大学院に進学した。いわゆるアカデミックマスターと呼ばれるもので,経営学の中でも経営組織論を専攻し,ネットワーク組織とか企業間関係論とかに興味があった。アカデミックマスターは,MBAとは違うもので,古典を読んだり,文献を読んだりする日々を過ごす2年間だった。

 と言っても,学部時代に就職活動も力試し程度は受けており,某有名ゲーム会社のプロデューサー職に最終選考まで残っていたりもしていた。もし,このゲーム会社に受かっていたら,僕は今頃,何かのゲームを監修してアカデミックのキャリアは積んでいなかったかもしれない。
 ただ,当時は,超氷河期と呼ばれる時期で周囲が就職に苦労していた時期で僕は,2年間修士に行っている間に景気が少しでも良くなって新卒の状況が好転すればよいと思ったし,OBOG訪問として同期を訪問すれば就職活動も上手くいくのではないかと甘い考えを持っていた。

 幸か不幸か,修士=理論をきっちり納める?という学風のせいか,この時期にマーチ&サイモンの『オーガニゼーションズ』とかウィリアムソンの『市場と企業組織』とかローレンス&ローシュの『組織の条件適応理論―コンティンジェンシー・セオリー』とかを読んでいた。この時期に古典を読んでおいたことで経営学のマップを自分になりに描けたけど,最新理論や実証分析はからきしできなかった(というより知らなかった)。

2. 就職か進学か

 指導教官からは博士課程に進学したらどうか?と勧められたが,丁重にお断りをした。それでも指導教官の先生は,履修だけしておいて籍だけ置いていくこともできるし,あるいは早稲田の知り合いの先生の下で勉強するのでも構わないと盛んに勧めていただいた。ただ,当時の僕には貯金が16万円しかなく,いったん就職しないとどうにもならない状況だった。また当時,指導教官はある学会の事務局を引き受けており,多分,人手が足りなかったのだろう。
 それに英文表記こそMBAだが,上記のような勉強をした結果,得られた経営学修士とMBAとでは雲泥の差がある。そこでいつか国内外のMBAに挑戦したいという想いがあり,民間企業に就職することにした。
 内定は何社か頂いたが,決め手となった会社では,採用課長の「君の組織論の知見を活かして会社を良くして欲しい」という言葉に惚れ込んで入社を決意した。

3. (最初に)人事で求められるのはHRMの知識とミクロ組織論

 (ここも話せば長いが)人事に配属された後,修士で学んだ組織論の知識は,研修や講演会で偉い大学の先生の話の時くらいしか使わなかった。人事に配属された若造が「ポーターの一般戦略と適合的な組織デザインは…」とかとてもいう環境ではないし,修士までで学んだことと実態とがどこか乖離しているような感覚に陥った。
 むしろ(マクロ)組織論の知識よりも日々重要だったのは,エクセルの技術とミクロ組織論の知識であった。特に私がいた事業部はSEが多いことから残業が多く,メンタル不調になる人もそれなりにいた。その時に素朴に不思議だったのは,
「(他社に転職できるくらいのピカピカの学歴なのに)なぜメンタル不調になるまで働くのだろうか」
「なぜ,この部長の下からエース級の課長が登場するのだろうか」
「なぜ,この採用面接官は優れた新人が多く採れるのか(何を見ているのだろうか)」
「なぜ優秀な人が数十年も働くと意欲も能力も低下してしまうのだろうか」
など,
ミクロ組織論と呼ばれる組織行動やHRMに関心がシフトしていくことになった。こうした中で新卒採用活動のために九州地方の高校を巡るための電車の中で読んだ『会社の元気は人事がつくる』経団連出版.を読んで,感銘を受けて守島基博先生の門をたたくことになるが,それは別の機会に。


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