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指定校推薦で大学決まってたのに辞退して旧帝大行った話

これは私が墓場まで持っていこうと思っていた話ですが

高校三年生当時、進路に迷っていた私が「指定校推薦 辞退」「私立 国立 違い」など毎日ググり散らかしていたのをふと思い出しまして、

自分の進路を決める大事な時期に必要な情報を得られず、大人たちの作り上げた社会の混とんとした情報に惑わされている未熟な高校生のお役に少しでもたてたらいいな、とそんな思いから今回記事を書かせていただきました。

指定校推薦の合格をもらってから辞退するとどうなるのか。

周りの反応や精神の保ち方とは。

進路を決める際に胸に刻んでおいてほしい名言。

そのすべてを、指定校推薦を辞退して旧帝大に通っている、私がお伝えできればと思います。

ここに書いていることはすべて私が実際に体験したことで、100%真実です。そのためかなり踏み込んだ内容、身バレしてもおかしくないようなことを書いているので、不特定多数に見られたくないという思いから、有料にさせていただきます。お金がない高校生でも買える値段に設定していますので、この点ご了承いただいて、ぜひ読んで参考にしていただければ幸いです。また読んでくださった方からの質問や相談は必ず答えますので、なんでもコメントしてください。


1.プロフィール

そもそもの前提として、私のプロフィールを紹介します。

・2020年現在、某旧帝大文系学部の四年生。

・高校時代は理系で、センター試験も理系で受験。理系科目で二次試験を受けることに限界を感じ、センター後から文系にシフト。

・出身高校は県内一の進学校(公立)で、地方によくある、典型的な国立志向。すべり止めの私立は受けず一浪してでも国立に行くのが当たり前だった(特に理系)。そのため、たとえ早慶に合格してもあまりすごいとは思われず(というかみんなあまり早慶・GMARCHのレベルがわかっていない)、地元の旧帝大のほうがすごいと思われがち

ここで重要なのが、高校が国立志向の空気だったこと。つまり、指定校推薦で私立に行くという考えを持っている者は少なく、指定校推薦が欲しいなどというと楽したい人、というレッテルを貼られるため、隠す人が多かったです。そのため推薦枠は早慶をはじめかなり多くあったがすべて埋まることはほとんどありませんでした。指定校推薦で受験を終わらせたいと思っている人にとってはライバルも少なくとてもいい環境だったのでしょう。

そんな中で私はというと楽したいという思いが高校三年生になってから急に芽生え、

某私立大学理系学部の指定校推薦を目指してしまいました。

私の志望動機に関してはまた他の章で後述します

2.醜い校内推薦争い

指定校推薦を大学からもらうためにはまず、他に同じところを狙っている生徒を蹴散らして校内推薦をもらわなければなりません。

しかし指定校推薦なんて校内推薦(大学に面接を受けに行く権利)さえもらえればほぼ合格ですから、実質校内推薦をもらえるかどうかで合格が決まります。

私の行きたかった大学の理系学部の推薦枠は三つでした。そして私はその中でも一番学費が安く、また幅広く学べそうな学部を選びました。実はその大学を志望していた生徒は四人おり、誰かひとりは諦めなければいけない状況でした。もちろんこういったやりとりは当事者同士でひっそりと行われており、この時期は他にどんなライバルがいるのかを探り合う心理戦でかなり精神的にも辛かったです。

校内推薦は内申書の成績がいい順に決まるので、志望者同士である程度誰が受かるかはわかってきます。私の志望校で、そのあぶれた1人は泣く泣く一般受験で他の私大を目指すことになりました。しかも指定校推薦で行くことのできる大学は一般で行くとなるとだいぶ偏差値が高いので、その子は何ランクか下の大学に最終的に入学しました。

この時点で私の決断が一人の生徒の運命を大きく変えてしまったというわけです。しかもその子は仲の良い友達でした。

3.無事合格、、学費や諦めた自分への葛藤の日々

無事校内推薦競争に勝利した私は、その後当大学に出向き、形式上の面接にも合格、進学が決定しました。秋頃のことです。

面接の際、学校を代表して推薦されるのだから辞退は許されない、という誓約書のようなものにサインをした記憶があります。実はこのときサインしていいのだろうかという疑問が芽生えていました。

また、そもそも面接の待ち時間の時、どういう受け答えをすれば不合格になれるだろうかここで正直に実は指定校推薦を辞退したいんですとはっきり言ったらどうなるんだろうと考えていました。このころから指定校推薦で私立大学に進学することに対し、胸にわだかまりのようなものを感じていました。

私の受けた大学は一年の学費が180万ほどで、一人暮らしにかかる費用を加えると一年で300万弱かかる計算です。一般的なサラリーマン家庭であるうちにこの額はかなりきついという事実に気づいたのは内定が決まって少し経って、家で不安そうに通帳を眺めている父の姿を見てからです。ただ楽したいから、という理由で指定校推薦を選んだ自分が情けなく思いました。ましてやそこで勉強したいことが明確に定まっているわけでもなく、若気の至りでは済まなくなっており、申し訳なさしかありませんでした。

またこのとき、周りの友達が受験に向かって勉強しているのを見て、羨ましくなっている自分がいました。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、勉強をろくにせずに進路が決まっていると志望校合格に向けて切磋琢磨し、頑張っている人の方が自分よりすごい、と思ってしまうのです。

また私の仲のいい友達はみな総じて頭がよく、文系理系それぞれの学年一位や、旧帝大医学部、東大を目指す人たち(実際にほとんどの友達が現役で合格していました)と話すと、みんな指定校推薦など毛頭頭になく、私はレベルの低い競争をしていたんだなと情けなくなりました。

私の仲のいい友人に秀才が多かったと先述しましたが、それには私のバックグラウンドに理由がありました。そもそも私は高校受験のために塾に通っていたのですがその時に通っていたクラスが1番上のクラスで、いうならば公立は受かって当然、全国の難関私立もばんばん受かろう!塾の進学実績のために!という塾でした笑
そのためトップ層の友達がたくさんでき、高校でもほとんどのメンバーがトップを占めていました。

その中学時代の貯金のおかげか、高校一年生の時は少し勉強しただけで学年一位が取れており、かなり油断していました。しかし高校2年生で理系の特進クラスのようなものに入り周りに優秀な人がたくさんいる中で落ちこぼれていきました。三年生で高校生活このままだと楽しめない!という安易な理由で普通クラスに進みました。二年生で同じクラスだった友人らが勉強を頑張って東大、京大、旧帝大医学部等の一流大学を目指している中、自分だけ楽をして私立理系学部に進むことに対し、劣等感のようなものを感じていました。しかも推薦取れたらそこから遊べるじゃん、って思っていましたが遊んでくれる友人など進学校におらず、ひたすら何をするでもない日々が過ぎていきました。

この経験を通じて学んだことは

自分と同じくらい、なんなら自分より効率の良い頭を持っている友人が努力を欠かさず毎日着実に成長しているのを見ると悔しくなるのが人間の性なのではないか

ということです。テレビに出ている受験生が東大合格に向けて一日10時間勉強しているところを見ても特に何にも思わないのに、近しい友人が深夜二時まで勉強していることを小耳にはさんだとたん感化されて自分も深夜まで勉強する、というのは皆さんにも当てはまる節があるのではないでしょうか。

4.センター試験受験を決意

こうして日に日に国立大学進学への熱が高まっていた私はセンター試験の願書を提出します。友人への劣等感と父親への申し訳なさが半々くらいありました。担任の先生はまさか私が内定を蹴って国立大学に進学したいと考えているとはみじんにも思っていなかったんでしょう、私がみんなと同じようにセンター試験を受けると言うと、推薦が決まっているのに勉強への意欲が高い偉い生徒だということでとても喜んでくれました。またこの先生は私が指定校推薦を狙っているという話をした際からずっと私のポテンシャルを信じてくださっていて国立大学を狙ったほうがいい、と私を説得してくださっていました。この担任の先生には本当に迷惑を掛けました。詳しい話は後の章で。


5.センター自己採点の結果

年明けから本腰を入れてセンターに力を入れることにしました。というのも、私が感じていた友人への劣等感や父への申し訳なさを思い切って年末に父にぶつけたところ、かなり喜んでくれて合格したらその後のことはお父さんがやるから心配するなと言ってくれました。親としては、高校生になってからほとんど勉強をしておらず、ましてやろくな理由もなく指定校推薦で進路を決めてしまった子供が自分から勉強して国立大学に行きたい、と言ってくれたのが嬉しかったのでしょう。

とはいえ12月に学校で受けさせられたセンター模試は化学20点、物理50点ほどでした。ほとんど勉強してこなかったのだから当然ですし、自分自身何も悔しくありませんでした。お正月明けからセンター試験まで2週間を切っている中で伸ばせるのは理科しかないと思い重点的に2科目を勉強しました。
また、本当は文系で受けたかったのですが(このころすでに理系での二次試験は諦めており、理科二科目より理科基礎二科目の方が見込みがあると思っていた)申し込みを理系でしてしまっていたのでそれはできませんでした。自分の将来について考えることから逃げていたツケが早速回ってきました

センター試験の会場は通っていた高校だったので始まる前みんなで玄関に集まっていました。私が入ると、友達たちはみんなびっくりしていました。きっと冷やかしで受けにきたと思っていたのでしょう。みんな「なんでいるの〜?笑」みたいな感じで聞いてきたので「いや〜ちゃんと勉強してきたよ!」みたいな感じではぐらかしていました。

センターの結果は自己採点で78%でした。これを低いか高いか思うかは人それぞれだと思うのですが、私としては、意外と取れたな、という感触でした。というのも2週間前まで壊滅的だった化学が70点、物理が60点だったからです。
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↑この化学の参考書、本当におすすめです。笑
物理に関してはひたすら公式を丸暗記するという理系あるまじき勉強でしたが、本番の運もありどうにか目も当てられない点数は避けることができました。

6.ここならいけそう!二次試験を受けることに

志望校はあっさりと決まりました。旧帝大でセンターが理系でも受けられる文系学部。そしてセンター78%でも挽回できる配点。ここしかない!という学部を調べて本番までの1ヶ月半弱、全集中しました。それまで高校生活ほとんど勉強したことがなかった私が覚醒したように毎日勉強しました。父もびっくりしていましたが、嬉しそうでした。
どういう勉強法をしたかはここでは書きませんが、もしリクエストがあれば追加で書きたいと思います。

また、勉強場所についてですが、自分の部屋で特別集中できるタイプではなかったので、外で勉強したいと思っていました。放課後学校は空き教室を開放していたのですが、そこで勉強していると、私が指定校推薦で決まっていることを知っているクラスの人が「なんで勉強してるの?」と聞いてくるのが嫌だったので、早々に断念しました。
そこでどうしたかというと、私が指定校推薦を蹴って国立大を受験することを知ってくれていてなおかつ理解のあるクラスの友達を誘って、2人でショッピングモールのフードコートで学校が終わってから夜7時、8時くらいまで勉強していました。そして家に帰ってから自分の部屋で夜の1時くらいまで勉強していました。土日も朝8時か9時までには起きて、友達とフードコートに行くか、自分の部屋で勉強していました。

学校では人目を気にして勉強できないのが難点でしたが、その友達のおかげで緊張感を保ちつつ切磋琢磨できました。
授業中も内職していたのですが、なんで参考書使ってるの?と聞かれた際は、へへ〜と言ってごまかしていました。笑

「試験受ける前受かりそうって思ってた?」と後から友人に聞かれたことがあるのですが、私の正直な感想としては、
模試も受けたことないしもちろん判定も出たことがないからわからない
でした。しかし、やり切った感は勉強し始めて1ヶ月半ながらありましたので自信はありました。
その頃はちょうど勉強の楽しさに気づき始め、もし落ちても浪人しようと考えていました。とりあえず指定校推薦の大学に入学しさえすれば高校から咎められることはないと思っていたので、入って1ヶ月でやめて浪人しよう、と思っていました。なんなら現役で国立に受かって高校に指定校推薦辞退したいですって言いに行くより、とりあえず指定校推薦の大学に入学してからすぐに辞めて浪人した方が楽なんじゃないかと思っていたので、浪人したいな、とまで思っていました。

7.志望校合格!!しかしここからが本当の難関だった。。


時が過ぎ、結果は合格。嬉しさと同時に、これからどう高校と折り合いをつけるのかという不安も感じました。もちろんですが、みんながよくやるTwitterや Instagramへの「受かりました🌸」投稿はできません。

この日から私と高校との話し合いの日々が始まるのですが、実は私はほとんど学校に顔を出していません。父が週一のペースで担任の先生のところへ行き、本人が国立に行きたがっているので指定校推薦辞退します、と言いました。そして先生はそれはできません。の一点張りです。いうなればそこに進展などありません。なぜなら指定校推薦を辞退することは、高校が信頼を失い大学側にも迷惑をかけることになるからです。

許されないことだが許されないなりに誠意を見せなければならないと、父は3月中何度も何度も高校に出向きました。父は、私が行っても逆効果だと思い私を行かせませんでした。高校側の返答としては、「高校として、それを認めるわけにはいきませんし、何度訪ねられてもこれは変わりません」の一点張りだったと父から聞きました。最後に一回だけ私が父と共に高校に謝りに行きました。そこで言われた話によると担任の先生と学年主任は直接大学に伺い、謝りに行ったそうです。

話し合いは、

指定校推薦を辞退したいです

学校側としては認めるわけにはいきません

の平行線で時間にして10分ほどでなにも解決しないまま、担任の先生と学年主任が何も言わずに部屋を出て行って終わりました。学費を納めるのは保護者ですから、そこを高校が強制することはできません。つまり最終的に指定校推薦を受けるかどうかの判断は生徒側しかできません。ただその中で高校に多大な迷惑をかけることは忘れてはいけません。

よく、指定校推薦を辞退するとどうなるのか、という知恵袋やブログを拝見します。全く影響はないと言う人もいれば、次の年から枠がなくなると言う人もいます。
私の高校の場合は、枠が減りました。しかし当大学全てではなく、私が辞退した学部のみ(1枠)です。これは後輩から次の年の夏頃聞きました。当大学はとても人気な有名大学なので、文系学部の枠まですべて無くなってしまったら本当に後輩たちから恨まれるなと思っていたので、内心少しはほっとしましたが、理系学部の指定校推薦を狙っていた後輩がもしいたのであればこれは恨まれて当然のことです。初めて聞いた時、ショックでしたし自責の念に駆られました。もしかしたら担任の先生と学年主任が大学まで出向いて謝罪しに行ったのは、どうにか1枠減らすだけの措置にしてほしいというお願いをするためだったのかもしれません。
また、担任の先生、学年主任2人とも次の春から私の高校を去りました。これは直接関係があるのかはわからないのですが、後々友人から聞いて、もしかして私のせいなのではないかと不安になりました。担任の先生に関しては定年だったので、別の高校に赴任するのは当然だったのかもしれませんが、学年主任に関してはこの件が関係しているのかは分かりません。

8.現在と今振り返ってみて思うこと

このように、指定校推薦を辞退することは高校に重大な迷惑をかけます。ネット上ではさまざまな噂が飛び交っていますが、私が今回記したことは全て本当にあったことです。もしかしたら高校ごとに違うのかもしれませんが、枠が減るのは間違いないと思います。それ以来後輩に顔向けできなくなりました。

インスタも大学入学したては、こんな私が投稿したらみんなよく思わないだろうと思い始めませんでした。入学して半年ほど経ってから大学の友人限定でアカウントを開設し、現在はすっかりその気持ちを忘れて高校の友達もフォローしています。時がすぎるのは早いもので、私自身指定校推薦を辞退したことを日常では忘れかけていて、今回この記事を執筆するにあたって再び記憶の蓋を開けました。ましてや他人は、ほぼこのことを忘れていると思います。もし、指定校推薦を辞退したいと思っている方がいらっしゃいましたら、私が言いたいのは、時が経てばどんなに後ろめたいこともある程度は忘れられる、ということです。そして周りの人の記憶からも少しずつなくなっていきます

また、私はその後の同窓会で先生方との接触をひたすら避け続けるというなかなか神経の使うことをしました。後ろめたい気持ちと共に同窓会に参加するとあまりいい思い出にはなりません。同窓会には出ない方がいいと思います。というか出なくてもいいと思います。同窓会ってそんなに楽しいものではありません。特に私のような後ろ指を指されることをしてしまった人の場合は。

逆にいうと指定校推薦を辞退して困ったことというとそのくらいで、現在国立大に通って良かったなと思うことがたくさんあります。
まずは圧倒的な学費の差です。国立大の学費はどこでも一律年間55万円ほどなので、それだけで年間150万円ほど節約できたことになります。父もとても嬉しそうです。
次に、合格が決まってから家族がとても喜んでいたことです。指定校推薦で内定をもらったと言っても家族の誰もおめでとうと言ってくれませんでした。学費の面でも学業の面でもどこか腑に落ちない気持ちがあったのでしょう。今書いていて思いだしたのですが、家族に祝福されないというのは当時かなり辛かったです。一方国立大合格の時は祖父母も含め全員がお祝いをしてくれました。祖父が父に「本当に良かったですね」としみじみと宴会の場で話していたことを今でも鮮明に覚えています。その時に「やっぱりみんな指定校推薦で学費が高い私立に行ってほしくなかったんだな」と改めて感じました。

また、指定校推薦辞退、国立大受験を私が決意できたのには周りの友人の優しい言葉があったからです。指定校推薦を辞退するなんて大きい声で言えませんから、この真実を打ち明けるのは数人に限ります。私の場合、特に仲のいい、口が硬くて信用できる3人にしか言いませんでした。3人とも私の可能性を信じてくれて、私大なんてもったいない!と言ってくれて背中を押されました。辞退なんて、先生に迷惑かけるよね、、と私が落ち込んでいた時もその3人は「そんなのしょうがないんじゃない、でも国立行った方が絶対タメになる」と言ってくれたのでメンタルを保つことができました。また、高校2年生の時の異性のクラスメイト(めっちゃ頭いい)が「指定校推薦とかもったいないわー国立行けるポテンシャルあるのに」と会うたびに言ってくれたのがとても印象的で、純粋に嬉しかったです。


※リマインドしときますが私の高校は国立志向です。私立をバカにしているわけではなく、純粋に有名私大のレベルをあまり知らないというわけです。

また、他クラスの頭のいい友人に至っては指定校推薦の存在すら知らず、私のことを国立一本だと思っていたのでそういう人と話す時はとても気が楽でした。

このように、自分が本当に大切にしたいと思う友達を再確認することができました。その友達とは今でもよく会いますが、指定校推薦辞退の話は流石にもうしません。

時間が解決する、とはよく言ったものです。

また、受かった時、やればできるじゃん!自分すご!って思いましたが、よくよく考えれば一年間、いやそれ以上受験を見据えて勉強に毎日励むことのできる周りの友人らの方がずっとすごいんです。

努力できることは立派な才能です。短期間で目標を達成すると人はつい調子に乗ってしまいますがそれは運が味方してくれた要素も十二分にあると思います。自分より偏差値の高いところへ入った人にそんなこと自慢しても恥ずかしいだけです。

指定校推薦を辞退している時点で既に道を見誤り、同時に多くの人に迷惑をかけています。その自覚は常に持っていかなければ近い将来、環境は違えど同じような失敗を繰り返してしまう、と皆さんに警告すると同時に、ここに自らを戒めておきます。

9.今指定校推薦に関する悩みがある高校生へ。そうじゃなくても進路に悩んでいる君へ

指定校推薦は高校生が思っているより複雑に大人の事情が絡み合っている制度です。私も、知らないだけでもしかしたら校長先生にまで頭を下げさせているかもしれません。また、指定校推薦を辞退することは、それからの人生ずっと誰かに恨まれ続ける可能性を孕んでいます。その枠を狙っていた同級生だったり、後輩だったり、そのせいで異動になった先生だったり、、。また後ろめたい気持ちは年々感じづらくなるにしろ消えることはありません。後輩と道ですれ違うたびに、母校の近くを通るたびに、はたまた同級生と再会するたびに、、。

私と同じ失敗をしてほしくなくて、今回この記事を執筆しました。
もし指定校推薦を受けるか迷っている人がいれば、じっくり考え直したほうがいいです。特に勉強が不完全燃焼の人、周りが受験モードになった時、自分ももっとできるのにという気持ちが芽生えると思います。その時になって初めて指定校推薦を受けたことを後悔するのです。


もし指定校推薦の内定を既にもらってしまった人へ:

人生は一度きりです

誰がなんと言おうとこれはあなたの人生です

人は迷惑をかけずに生きていくことはできません

私が悩んでいた時に父からかけられた言葉です:


私大なんて一学年に何万人もおり、あなた1人が辞退したところで、ゴマ粒のようなマイナスにしかならない。指定校推薦という制度は私大が生徒を集める(学費を集める)ための制度なのだから、あなたが辞退したからといって全ての枠がなくなるわけはない(大学側も生徒を集められず困る)

これは少し暴論のようですが、日本の私立大学なんてどこもそんなものです。そう考えると少しは心が楽になりませんか。


最後に私の座右の銘を紹介して締めます。
やらなかったことを後悔するより、やったことを後悔するほうがずっといい


何か質問や相談ありましたら、なんでも答えますのでお気軽に聞いてください。

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