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【創作大賞2024】偽王の晩餐と姫君の首

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屠殺人に恋した姫、皇帝の身代わりになった兵士、王の陵墓を祀る巫女、人質として囚われた王女…。 歴史の興亡の中を生きる主人公たちが、美味しい料理を食べて死ぬファンタジー。
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【短編小説集】偽王の晩餐と姫君の首

あらすじ 評判の良い食堂を営む料理人である宵鈴は、ある日国に命じられて、王位を剥奪された廃王に仕えることになった。  廃王は現在の帝である叔父に毒殺されかけた際の後遺症によって精神退行しており、偏食の激しい子供のような人物になっていた。  宵鈴は味覚が過敏になっている廃王が美味しく食べられる献立を作り、廃王に気に入られる。しばらくの間、宵鈴は廃王のために料理を作り続ける穏やかな日々を過ごす。  しかし平和な日常は長くは続かず、宵鈴は廃王を毒殺することになり…。 「料理×歴

【短編小説】雞蛋粥―廃された王に捧ぐ一膳―

 峯という国に朱宵鈴という、食堂を営む若い女がいた。顔は平凡であったが料理の腕は確かで、店は繁盛していた。特に宵鈴の作る粥はどんな具を入れても美味で、好き嫌いのある子供も喜んで食べると評判であった。  宵鈴はその暮らしに満足していたので、今以上のものは何も望むことなく生きていた。だがある時、宵鈴のもとに役人が訪ねてきて、退位した帝のために料理を作れと言った。宵鈴はあまり乗り気ではなかった。が、依頼というよりは命令であるその話を断る度胸はなかった。だから仕方がなく、宵鈴は先代の

【短編小説】羊肉泡馍―屠殺人と姫君―

1 幼い初恋  荒涼とした大地に降り積もる白い雪に、凍った川に映る灰色の空。  世界を四角く囲む城壁の外に広がる景色は、花も緑もなく色彩に乏しい。  北の果てに位置し、化外の異民族と国境を接する來国は、城以外は何もないところである。  娯楽の少ない国の姫として生まれて、琳玉はずっと昔から退屈していた。埃をかぶった書物も、面倒なだけの裁縫も楽器も心を満たしてはくれなかった。  幼い琳玉の楽しみはただ一つ。  城の厨房で働くある一人の青年が、羊や牛を捌く姿を見ることだった。

【短編小説】Leberknödelsuppe―修道女と偽聖女―

1 修道院の朝  女子修道院の朝は、常に同じ時間、同じ順番で動き出す。  毎朝陽が昇る前に鐘が鳴り、大勢の修道女が一斉に一日を始める。  誰もが規則正しい生活で神に仕え、掟に粛々と従い、頭巾で髪を隠して質素な黒い衣で行動する。  そうした修道女のうちの一人であるテルエスは、日々変わらぬ集団の流れの中で朝の祈りを捧げ、朝食をとった。実家を出て修道院に入ったばかりの幼いころは戸惑った厳格な規律と静寂も、二十歳を超えた今はすっかり慣れたものである。 (それにこの季節は気候が穏

【短編小説】Tortilla de patata―騎士と騎士見習い―

1 騎士見習いと城  クルスの父は騎士だった。  祖父も、曾祖父も、曾々祖父も騎士だった。  彼らの活躍の歴史を聞いて育ったクルスは当然のように、自分も将来は騎士になるものだと思っていた。  だから次の誕生日で十二歳になる夏、クルスは伯父アンドレスが城主のソロルサノ城で騎士見習いの小姓として修行していた。  ソロルサノ城は、青い屋根の天守をぶ厚い防壁で囲んだ広大な城で、さらに水の張られた堀を備えていた。  防壁では兵士が物見のための塔とのこぎり状の壁によって守られた歩

【短編小説】松鼠桂魚―皇帝の身代わりになった男―

1 都の端の門の衛兵  その夜、浪国《ろうこく》の都である康城ではいたるところでかがり火が焚かれていた。敵の犀国《さいこく》の侵攻を前にして、臨戦態勢がとられているためだ。  冷たさを増す秋の宵闇に包まれる都を、松明の炎が明々と照らす。  ときおり風にゆらぐその煌めきを、岳紹《がくしょう》は都の端の門の衛兵として眺めていた。 (じっと立っているのは、敵が近づいて来ていても眠いな……)  岳紹はあくびを噛み殺して、槍の柄を握りしめた。下級兵士である岳紹の装備は簡素な革の

【短編小説】雪濃湯―霊廟に仕える巫女と犠牛―

1 飢饉の記憶  空気が寒々と澄んでいた冬のその日。  幼いハユンは飢えて死にそうになりながら、庭を這って雑草か何かを探していた。  しかし食べれるものはもうすでに食べ尽くしてしまった後だったので、地面には枯草一つ残ってはいなかった。 (やっぱり、ない……)  ハユンは諦めて、地面にうつ伏せに力尽きた。  地面は固く冷たくて、土を口に含むこともできそうになかった。  ハユンがそのとき住んでいたのは、大きな川から離れた台地にある寒村である。  もともと豊かな土地では

【短編小説】鯛と野蒜の和え物―役人と宴席―

1 夕刻の兵部省  朝平《ともひら》は宴に呼ばれるのが嫌いだった。  酒も空世辞も苦手で話すこともなく、出ても得るものは何もないと感じていた。  だが同じ兵部省に勤める仲持《なかもち》は、当然のように朝平も宴を楽しみにしているものだとして話しかけてくる。 「朝平殿。もうそろそろ出発しないと、太師様の屋敷の宴に遅れますよ」  質朴に建てられた兵部省の館舎に、おっとりと急かす仲持の声が響く。 「わかってる。もうすぐに片付ける」  仲持の呑気な明るさに少々の苛立ちを覚えながら

【短編小説】بقلاوة―カリフと宰相―

1 退屈な国政会議  太陽が金色にまぶしい極暑のある日。  国土の大半が砂漠であるアズラク帝国の夏は毎年灼熱の天候で、宮殿のある都も例外ではない。  午前中でもうすでにじりじりと暑い広間の玉座に腰掛けて、帝国の第十四代目のカリフであるムフタールは目の前で行われている国政会議を眺めていた。  正方形の部屋には大臣や書記官などの国家の中枢を担う者たちが集まっており、星と正六角形の文様で彩られた壁に沿って置かれた椅子にそれぞれ腰を下ろしている。彼らは外交や交易など様々な問題に

【短編小説】Pain de seigl―囚人の王女と牢番の少年―

1 馬車と新天地  秋が深まり色付く森の中、一台の馬車と護衛の兵士が乗った数頭の馬が走る。  道は二台の馬車がやっとすれ違えるくらいの広さに踏み固められた古い街道で、馬車は二頭立ての立派な箱型だ。  その金細工で紋章の装飾が施された車体の中で、侍女が窓の外を覗いてはため息をつくのを、王女アデールは見ていた。  宝石で飾ってまとめた銀色の髪、そして繊細な幼さが残る顔立ちに水色の大きな瞳が印象的なアデールは十三歳で、ひたすらに走る馬車の中では他にすることがない。  長いレ

【短編小説】サバの水煮の缶詰―終末の味がする一口―

 21世紀の最後の年の夏。  「巨大な小惑星との衝突により、地球が砕けて消滅する」と世界連邦が発表したのは、その地球最後の日の約二か月前のことだった。  長い間続いた戦乱によって荒廃していた世界は地球消滅の事実を粛々と受け入れ、ただ残された日にちだけを数えた。  ある大国の内紛をきっかけに戦火が世界中に広がった結果、地球のほぼ全土は中性子兵器が大規模に使用された影響によってひどく汚染されていた。  人類は自らの作りだした兵器によって滅亡するのだと、誰もがそう思っていた。