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ごめんなさいとありがとう

 小学校で相談員の仕事をしていた時のお話です。
ある男の子がとてもふてくされてやってきました。私を見つけると
「先生!なんで謝らなきゃいけないんですか⁉︎」と。どうやら何かをしてしまい、誰かに謝りに行くよう言われた様子。

 私 「どうしてそんなことを聞くの?」
 彼 「俺が謝らなきゃいけないのが嫌だから。」
 私 「じゃあ、人が謝まっているのは嫌じゃないんだね。」
 彼 「悪いことしたら謝るのは当たり前だろ!謝らないヤツはムカつくよ!!」

そう言うと、彼はさらにふてくされてしまいました。

 私 「なるほどね。謝るのは当たり前だということは知ってるんだね。さすがじゃん!」
謝ること自体への理解はできている彼を褒めました。ですが、それとこれとは別の話なようです。

 彼 「でも!なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!!」
彼には今回の件について、自分が謝ることについてはどうも納得がいかない様子…

 私 「そんなに嫌なら謝らなければいいんじゃないのかな?」
 彼 「えっ‼︎良いの?」
驚いたような嬉しそうな表情で聞いてきました。

 私 「だって納得いかないんだし、謝らなきゃいけないような悪いことはしていないんでしょう?」
彼は少しバツが悪そうに
   「まぁ…ちょっとだけ…蹴っちゃったけどさぁ。」
と、小さな声で答えました。

 私 「蹴ったんだね。でも謝りたくないんだったら、キミは蹴ったことは悪いことだと思ってないわけだし。相手の子に対しても何とも思っていないんでしょ?ならば謝らなければいいと思うよ。」

 彼 「蹴ることは悪いことだよ!俺だってそのくらいは分かってるよ!」
バカにするな!と言わんばかりに腹を立てて言いました。

 私 「ごめんね。先生キミはそのくらいのこと分からないのかと思ちゃったよ。」
 彼 「いいよ。先生が間違えた(勘違いした)だけだし。」
 私 「違うよ。わざと言ったよ。でも許してくれてありがとうね。」
そうお礼を言うと私の顔をのぞき込みます。
 彼 「なんでわざと言ったの?」
 私 「キミなら許してくれると思ったし、キミは先生にとって大切な人なんだよ。だから大切なことを知ってほしいと思って少し意地悪しちゃった。ごめんね。」
私はきちんと頭を下げて謝りました。
 彼 「なら別にいいよ。許す!」
 私 「許してくれてありがとうね。で、キミは謝りに行かなきゃいけない相手をどう思っているの?」
 彼 「今はムカついてるよ。でも友達だし、仲良いヤツなんだ。だから大丈夫!」
少し余裕あり気に答えます。

 私 「人ってさ、明日も必ずいるとは限らないんだよね。突然お家の都合で明日その子が転校しちゃうこともあるし、先生だって明日から働けなくなるかもしれないんだよね。みんな平等に明日は分からないものなんだよ。」
 彼 「まぁね。だからなに?」
退屈そうな、気まずそうな様子で答えました。

 私 「今、そのお友達に対して本当に大丈夫って思っているの?」
 彼 「まぁ…。ちょっと悪いなとは思ってるよ。」
 私 「謝らなくても許してくれると思ってるでしょ?」
 彼 「うん。ちょっとそう思ってる。」
 私 「まぁ。確かにそのお友達は明日になったらいつも通りにしてくれるかもね。『昨日コイツに蹴られてまだ脚は痛いし…本当は許してない』と思いながら、いつも通りに遊んでくれるだろうね。」
彼は居心地悪そうに、モジモジしながら聞いています。
 私 「先生も明日二人が仲良く遊んでいたら『昨日蹴ったのを謝ってないけれど、楽しそうに遊んでるなぁ。たぶんあの子はまだ許してくれてないけれど、楽しそうだからいいのかなぁ。』と思いながら眺めるよ。」
彼は更に居心地悪そうに
   「それはなんだか気まずい。」
 私 「『ごめんなさい』はね、もちろん相手のためにも言わなきゃいけない言葉なんだけれど、その気まずい気持ちを吐き出すためにも言わなきゃいけない言葉なんだよ。自分のための言葉でもあるんだよ。」
彼はまっすぐ私の目を見つめて聞いていました。少し考えると
   「分かったよ。明日謝るよ。」
と、ぽつり
 私 「そうだね。あした謝れたらいいね。大丈夫だろうけれど、その子が明日お引越しとかせずに、今日みたいにいてくれれば明日謝れるから明日でいいよね。」
彼は話の途中にハッと顔を上げて、何か言いたそうにソワソワしていました。
   「先生!俺…今日のうちに謝まっておきたい人がけっこういるんだよ!」
そう言うと慌てて走り出しました。
 私 「許してもらえたらあ『ありがとう』だよ!」
 彼 「わかった!!」

 その後彼は、思い付く限りのまだ謝まっていない相手に「ごめんなさい」と「ありがとう」を言って回ったそうです。

下校前に彼に会うと
「先生!間に合ったよ!」と清々しく報告してくれました。

めでたし めでたし

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