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「九十九社長、良いお年を!」


終わったドラマの登場人物をこんなに考え続けたことはなかった。
主人公でもない、ましてやドラマ内きっての嫌われ役が頭から離れない。「獣になれない私たち」に出てきた九十九(ツクモ)社長。物語の象徴的な悪役でパワハラの限りを尽くす、まさしく「獣」のような人だ。


最初は僕もウェブ系の制作会社を経営しているので、自分とちょっと境遇が似てる人だなぁ...と思っていた程度。むしろ、境遇が近いだけにそのパワハラっぷりが許せず、ドラマを観ながら僕もツクモふざけんな!と、憤っていた。

それが一転、彼に肩入れするようになったのは、第7話だっただろうか。システムチームのリーダーである佐久間さんが、九十九社長に対してこんなことを言う。

「あんた、経営者に向いてないよ」

このシーン、正直かなりうろたえた。テレビを消したくなったし、自分に言われているわけではないと分かっていても
「うるせーよ!!向いてないことくらい気づいてるわ!!!」
と、言い返してやりたくなった。


ちょっと考えてみて頂きたい。経営は、デザイナーとかエンジニアとか営業とか、そういった成りたくて成る職種と似たように語れるものだろうか。

経営というのは、たくさんの人と一緒に仕事をしようとする時、誰かが果たさなくてはいけない役割だ。だから、向き不向きでなるものではないと思うのだ。

実際、経営したい!といって経営者になる人は少ない。叶えたい何か、実現させてい何かがあって、そのために経営もせざるを得なくなった人がほとんどだと思う。

もちろん、結果やってみたら経営が上手だった人、向いていた人というのはいるだろう。けれど、じゃあ向いていなかったらどうするか。残念ながら、向いてないから経営やめます!というわけにはいかない。

なぜなら誰も経営を代わってはくれないから。代わって責任負います!と言える人はまずいない(仮にいたとして、そういうことを軽々しくいう人は多分あまり経営者には向いていない)。

そういう経営者という立場のことを鑑みることなく、向き不向きで一刀両断される九十九社長を見て、僕は一気に同情してしまった。あぁ、この人は本当に味方がいないんだと。



人それぞれ、時間の流れ方は違う。

そして、時間の流れ方が大きく違う人同士がコミュニケーションを取ろうとする時、とても大きなストレスがかかる。人間は、互いに流れている時間の差を補正するのをとっても嫌がる生き物なのかもしれない。流れている時間の差に「怒り」を感じやすい。

例えば車を運転している時。青になっても発車しない車を見て「は?なんなの?」と思う。誰かが遅れてきたり早く帰ったりする時、そこに正当な理由があったとしても、素直に許容するのはどうも難しい。

僕らはそういったことが続くと「あいつはやべーやつ」という「獣」レッテルを貼って、相手の時間と自分の時間の折り合いをつけることをやめることを選ぶ。その裏側にある理由を聞くことはなかなかしない。


ドラマの中でも、登場人物達に流れている時間はことごとくズレている。

旦那さんの時間を生きている千春さんは、京谷たち息子と会話が噛み合わない。粉飾に加担して以来、自分の時間が止まっている恒星は周りと関り合うことをしない。一人だけ時間の流れが早い九十九社長には、社員全員やる気がないように見える。

そんな中で晶さんは、獣だと思っていた相手の事情や気持ちに、少しずつ共感出来るところを見つけていく。そうやって、少しずつ相手に流れる時間が受け止められるようになり、相手を応援出来るようになっていった。

千春さんに流れている、ゆっくりだけど掛け替えのない旦那さんとの時間。朱里さんの中にあった痛みや寂しさと、京谷への気持ちの共感。上野くんでも松任谷さんでも出来る仕事のペース。恒星の抱えている辛さ、難しさ、もどかしさ。そして京谷も自分も、自分の時間を生きていなかったと気づく。

このドラマは、「獣になれない私」が、勇気を出して獣になり自分を取り戻していく話ではない。結局どこにも「獣」はいない。「獣扱いして向き合うことから逃げたがる私たち」がいるという話だ。

最終回で晶さんは、獣化することなく、いたって冷静に九十九社長にこう言う。

「普通に話して欲しいんです。社長の言葉が通じてないのは悲しいし、しんどいです」



ドラマでは描かれなかった、九十九社長の物語があったはずだ。

もしかしたら、大きな借金があるのかもしれない。家族に何かの事情があるのかもしれない。昔会社を倒産させたことがあって、2度とあんな気持ちになりたくない!そう、思ってるのかもしれない。

正解は分からないけれど、何か大きなプレッシャーが彼を追い込み、もっとやらなくちゃ!もっとやらなくちゃ!と、九十九社長は自分に流れる時間を早めた。そして、気がついたら取り返せないほどの時差が周りとの間に出来てしまったのだと思う。

もしかしたら、創業当初は良き理解者がいたかもしれない。九十九社長の言葉を通訳して、流れる時間の差を埋めてくれていた人が。

「九十九って毎回ホテル泊まるとき、ダブルの部屋指定するでしょ?あれ、験担ぎなんだよね。昔、初めて競合プレゼンに勝った前日、奮発してダブルの部屋泊まってたんだよ。」

例えばこんな話をしてくれる人がいたら晶さんはもっと気持ち良く出張の手配が出来たかもしれない。

九十九社長は、自分の欲しているものをはっきり自覚している。何時にはコーヒーが欲しい。ビジネスホテルはこういう場所がいい。会食の場所はここがいい。紐解いていけば一つ一つに理由があり、それは利己的なものばかりではないはずだ。けれど、残念ながらその理由や背景がきちんと言葉で説明されることはなかった。

無論、だからと言ってパワハラを擁護する気持ちはない。けど、それでも単なるパワハラ野郎として彼をぶった切ることもしたくない。彼もまた獣ではなくて人間なのだから。


最後、5tapで周年のお祝いにみんなで15時に特別なビールを開ける。
でも晶さんと恒星さんはその輪には加わらない。
自分たちで、自分たちのビールを開けに行き、そして16時に一緒に鐘の音を聴く。それは社長に言われて早朝に出社していた時間の合わせ方とは本質的にすっごく違うことだ。

時間の流れ方の違う人同士が長く一緒にいるには、大事な節目の時間を同じ心持ちで一緒に過ごす。これを繰り返して流れる時間に定期的に同じ点を打つしかないのかもしれない。

この年末、九十九社長が上野くん松任谷さん佐久間さんと一緒に、5tapで忘年会をしてくれていたらいいな...っとずっと願っている。


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