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毎日5分でもいい。iPadに触れ続ける中で育ってきた、子ども自身のコミュニケーションの力

角倉さんにインタビュー!

自分の声で話せなくてもどんどんコミュニケーションを取れるようになっている子に会うと、どうやってそんな能力を身につけたんだろう?とか、普段どんなふうに生活しているんだろう?と、つい気になってしまいます。

けんたんたん1

角倉ケント君、小学2年生。
幼い頃に気管切開をしており、自分の声でお話しすることはありませんが、手指のほんの小さな動きでスイッチを上手に操作し、iPadを使っておしゃべりしています。

ケント君のコミュニケーションスタイルは、指伝話メモリにお母さんが作って入れてくれたカードを、iPadのスイッチコントロールで選択して、流暢な合成音声で伝える方法。

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ケントくんのiPad(指伝話メモリ)の画面。
カラフルで素敵です。

このスタイルで幼稚園に通い、特別支援学校の訪問学級と地域の学校の副籍で小学1年生をスタート。2年生になった今年度は、新型コロナウイルスの影響による休校を経て、7月から地域の普通校に登校を始めました。
今は午前中のみの登校ですが、同級生との勉強についていこうと、学習支援員さん、看護師さん、担任の先生と、日々頑張っているそう。

日常生活から教材まで、いつもケント君の伝えたいことを想像し、学習内容に合わせてカードを準備しているお母さんは、さぞ日頃からアイディアに溢れているんだろう。
ケント君の使っている指伝話メモリの画面を、私はいつもそんな期待を持って見つめていました。

その期待と久しぶりにケント君に会えるワクワクを胸に、指伝話メモリのカードをセンス良く、しかも子どものニーズに合わせて作りこんでいる角倉さんに、直接お話を聴きました。

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角倉さんは、ケント君がコミュニケーションを取るための言葉のカードを、まずはiPadのKeynoteでつくり、画像として写真アプリに書き出します。

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そしてカード画像を指伝話メモリへ読み込み、1枚ずつ音声や動作をつけて、セットに仕上げます。

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言葉カードのセットは「挨拶」「気持ち」などのジャンル別に分類してあります。

「指伝話メモリでカードを作るのは、慣れればそれほど難しくはないとはいえ、ここまでつくりこめる その原動力って何ですか?」 ー 島津

まさに『必要は発明の母』。
ケントの次のステップに必要だから、ケントの様子をよーく見つつ、いつも試行錯誤していますね。

今年度から地域の学校に行き始めたことは大きかったです。友達が頑張って勉強している姿が、ケントにはものすごく刺激になってると思います。家に帰って、たとえ疲れていても、ちょっと声をかけると宿題を頑張ってやったりとか。

コロナで休校の3ヶ月間は、これまでの遅れを取り戻すべく、毎日欠かさずケントに付き添って勉強しました。実は特別支援学校での訪問学級は、普通校より学習量がだいぶ少ないんです。

自宅で私と2人で取り組んでいたときは、あれだけ「わからない」と諦めていたことが、学校が始まった途端にあっという間に理解できるようになった、という出来事がありました。一緒に勉強するのがママだからやらなかっただけなんだ…と、今はわかります。(苦笑)

ケント自身は地域の学校に行き始めてから、「学校はいいこともあるけれど、よくないこともある」と教えてくれました。「よくない」と表現している部分は、みんなについていけない部分、みんなと同じようにできない部分のことのようです。わかりやすく言えば、体育とか。

それでも学校に行くことで確実に自信をつけているし、簡単にあきらめなくなりました。やっぱり家族だけで、家の中に閉じこもっているだけでは、親子とも新しい発想や経験は生まれなかったと思います。

「角倉さんはどうして指伝話メモリに行き着いたのでしょうか?」 ー 島津

ケントのように非常に力が弱い子でも『スイッチ』が使えれば、電動車椅子の操作やコミュニケーションツールに活かせます。

赤ちゃんの頃はまだ手の力があったので、市販のスイッチを押しておもちゃで遊んだりしていましたが、年中さんの頃には手の力が激減してしまって…。
そこで夫に相談し、ケントのわずかな筋力でも扱えるスイッチを探し始めました。市販品には納得できるものが見つからなくて、秋葉原でパーツを購入し、ハンダ付けして、自作スイッチを組み立てました。そしてケントの小さな手に合うように、作業療法士さんが何度もスポンジを削ってフィッティングを工夫して、やっと確実にタイミングよく押せるスイッチが完成したんです。

意思伝達の機器としては、iPadならアクセシビリティ機能* が充実しているし、日常のコミュニケーションツールとしてだけでなく、小学校に上がってからの学習を踏まえると(iPadが)最適だろうと考えていました。赤ちゃんの頃からiPadで、タップだけで遊べるアプリを使って慣れていたというのもありますね。

*Apple製品のアクセシビリティ機能
どんな人もiPhoneやiPadを使えるようにと工夫された仕組みが、標準で製品に備わっています。ケント君はスイッチコントロールというアクセシビリティ機能を主に活用しています。

指伝話メモリはiPadと車椅子用の固定アームもセットにして、ケントが年長さんの夏にゲットしました。地元の役所へ申請して、補助金で購入できたんです。

iPadで様々なコミュニケーション系アプリを試した中から、指伝話メモリをメインに選んだのは、カードや音声を自由につくれるところ、合成音声が機械音ぽくなく流暢に話せるところが一番良かったからです。ナチュラルな子どもらしい声に調整できるのは、本当に指伝話ならでは、ですよ!

幼稚園に通っていた頃、iPadや指伝話を使いこなすケントに、お友達はみんな興味津々でした。「ケンちゃん、かっこいいー!」って(笑)。ケントはそれで気分がいいし、自信もついて前向きになれたかも。
スイッチ操作で言葉カードを選択するのに少し時間はかかるけれど、周りはケントがiPadを使ってお話しできることをよくわかっていて、ケントの言葉を自然と待つようになりました。
幼稚園時代も今も、「ケンちゃんにとってiPadはお話しするための大事なものだから、お友達は絶対に触っちゃいけないよ」というルールを、クラスメイトに守ってもらっています。

「カードをつくるときに気をつけていることはありますか?」 ー 島津

子どもが「楽しそう!やってみたい!触ってみたい!」ってなるカードが良いですね。カラフルにしたり、写真を多くしたり。あえて関西弁の言葉も入れたら、クラスで披露して大受けしたそうです。「ほないこかー」とか、「手洗い忘れたらあかんでー」とか。(笑)

男の子だし、ゲーム感覚で始めて、それからコミュニケーションに結びつくセットが楽しいかなぁって、そんなところも意識しています。ケントが好きなものの神経衰弱のセットを用意して、同じ形式でカードセットを挨拶の言葉に変えてみたり。

それから、モノの名前。
子どもたちはよく絵本を通じてモノの名前やひらがなを覚えていきますが、ケントは自分で本を運んでページをめくる、なんてことはできません。なので、自力ですべて操作できる指伝話メモリに、「動物」「乗り物」「色」「英語」「数字」など、シリーズ化してセットを作りました。図鑑のようにケントが使いこなしていますよ。

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ケントは胃瘻(*口から食べる経口摂取と異なり、胃に通した管から栄養を注入する)から食事するので、以前は食べ物のカードセットは作っていませんでした。みんなと同じように食べれない息子に申し訳なくて、そこは避けたかったというのも正直あって…。

でも食に関連する行事は多いし、普段どうしたって「食べる」シーンは目に入りますよね。算数の授業では「クッキーが7枚、チョコが4個、合わせていくつ」みたいな使い方も普通にあるし、思い切って食べ物カードを用意しました。

「ぼくホットケーキが好き!ケンちゃんは?」
「ねぇケンちゃん、プリン押して(選んで)〜」
という感じで、モノの名前を覚えるだけでなく、周りのお友達との会話も楽しんでいるようです。

「指伝話メモリだけでなく、指伝話プラスも使うようになったんですか?」 ー 島津

そうそう、実は最近のことですが、指伝話プラスも使うようになったんですよ。

今までは 指伝話メモリで『絵+文字』 のカードを選んで、表示して、音声で伝える方法だったのですが、ひらがなを覚えてからは『文章』を読んで選択できるようになりました。

指伝話プラスを使い始めて良かった点は、授業中でも学習支援員さんがケントの言いたいことをすぐその場で用意できるようになったことです。
指伝話メモリのカードはすべて私が家で準備していますが、やっぱり学校でその場で発言したいときもあるじゃないですか?
問題の答えを発表したいときとか、自分の意見を言いたいときとか、日直当番の挨拶とか。

そんなときもiPadのキーボードで文字入力するだけだから、学習支援員さんもすぐ対応できるんです。ケントの意思を確認して入力して、ケントはそれをiPadのスイッチ操作で発表できる。やはりケントがひらがなを習得できたのは大きかったですね。

「角倉さんご自身は、お母さんとしてこれからケント君にどんなふうに成長していってほしいと思いますか?」ー 島津

小学生のうちに、何か自分が夢中になれること、好きになれることを見つけてくれたらいいなぁと思っています。

それから、誰かの役に立つ経験をたくさんしてほしいと思っています。ケントのような子はどうしても『人にやってもらうこと』が多くて、誰かに「ありがとう」を言ってもらう体験が少ないんです。

例えば、掃除の時間。雑巾掛けはできなくても、『ゴミ箱を車椅子に乗せて運ぶ』とか、やれることはあるんです。クラスの一員として、自分の役割を見つけて全うする経験をたくさん積んでほしいです。

「ケント君の急成長っぷりに、今のお話を聞いて私自身もびっくりしています。これからのケント君の課題って、どんなことでしょう?」ー 島津

ケントが言いたいことはこれからもっと増えてくるはずで、学校の勉強もどんどん難しくなってきます。
なので、自分だけの力で、自分の気持ちや言いたいことを入力して、それをちゃんと人に伝える、というのが次の課題になると思います。

「病気や障害を抱えるお子さんの親御さんの中には、お子さんのコミュニケーションの在り方や手段の確立に悩んでいる方も多いように感じています。最後に、そんな方たちへ向けて、何か伝えたいことがあったらぜひ教えてください。」ー 島津

勉強ではなく、まずは遊びから入るのが大切だと思います。子どもは楽しくなければやりませんからね。

それから、必ず毎日やる。
たった5分でもいいから、子どもが機器に触れる時間をつくる。

iPadを準備して、指にスイッチをセットして、Bluetoothに接続して、アームを調整して...と頑張ってて、気づいたらもう30分経ってた、なんてことは前によくありましたねぇ。始めたら始めたで、子どもがやめたくなくなって、5分じゃ済まないこともあるでしょうし。

でも、子どもは実際に触ってみなければ、慣れないし、わからないんです。だから毎日機器に触れ続けて、徐々にその時間を増やしていく。操作する子どもの様子をよく観察する。
そうすると、次はどんなカードを準備したらいいか、何が不要なのか、アイディアが出てくるようになります。子ども向けの本や教材からヒントを得ることもありますよ。

ケントには登校前の毎朝30分間、1人でiPadを操作できる時間をもたせています。そこで新しく入れたカードをチェックしたり、時間割を確認して、私に言われなくても自分から予習したりしています。

学校では「国際(英語でのコミュニケーション)」という授業があって、いま英語に興味津々なんです。この前の朝、ヘルパーさんが来たらすかさず ”Good mornig.” ”How are you?” と挨拶したんです。驚いた顔でヘルパーさんが英語で返答してくれて、「わぁ、英語で言えるのすごいね、かっこいいねー!」と褒めてくれて、ケントはそれはもうご満悦な表情に。そんな様子を見ると私も嬉しくて、またカードづくりを頑張っちゃいますね。(笑)

もう一つ、親が反応するのも大切だと思うんです。
子どもが言ったことに対して、毎回ちゃんと反応する。「そうだね。」「ケントはどうしたいの?」など。忙しくて、つい聞き流しちゃうこともありますけど。

間違った言葉カードを選択していたり、タイミングよく伝えられなかったりすることもよくありますよ。そんなとき親は「あれ?本当にわかっているのかな?大丈夫かな?」と不安になってしまいます。

あるとき学習支援員さんが力強く、「お母さん、ケント君を信じ抜きましょう!」と言ってくれました。その言葉が今もとても支えになっています。

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左手のスイッチで操作中。

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どこに行くにもiPadが一緒のケント君。

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角倉さんのお話を聴いて、私の期待は良い意味で大きく外れていました。
そうか、角倉さんも不安に思うことがあるし、いつでもアイディアに溢れているわけではないんだと。

コミュニケーションって、そういうことなのかもしれない。
自分の声でしゃべれてもしゃべれなくても、言葉の選び方を間違ってしまうことはある。そのつもりはなくても、場の空気をおかしくしてしまうこともある。

でも、練習していかなければ、身につかない。
コミュニケーション能力が身につかないことを、病気や障害のせいにしなくたっていい。というか、していたらいつまでもどん詰まりだ。

毎日5分でもいい。一歩ずつ、少しずつ。
その積み重ねが、今日のケント君につながってきた様子を目の当たりにして、私自身、その姿にとても励まされました。

これからの成長が、ますます楽しみなケント君。次に会ったらどんな姿を見せてくれるんだろう?

たくさんお話を聴かせてくださった角倉さん、本当にありがとうございました。

聞き手・まとめ:島津あすか




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