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コラム「境を越えた瞬間」2023年12月号-浅見一志さん‐

プロフィール

浅見 一志(あさみ ひとし)

  • 株式会社コボリン 代表取締役

工房で、笑顔の浅見さん

1975年生まれ。

工学院高校卒業
東京科学電子工業専門学校卒業
半導体製造装置の機械設計に従事。

品川職業訓練校金属造形科卒業
障がい者ヘルパーのアルバイトを経て、2000年有限会社さいとう工房に就職。車いすの製作・販売メンテナンスに従事。

2007年車いす工房 輪設立
2022年株式会社コボリン設立


「わがまま」は「生き様」


好きになるのに10年かかったユーザーさんがいました。


車いす屋となった25歳頃、駆け出しの頃から担当させて頂いたMさん。
私より少し年上で強面のお兄さん。
いつもサングラスをかけて、コーヒーとタバコが大好きな方でした。

車いすの細部についてのこだわりが強く、妥協しない。
性能はもちろん、デザインについても譲らない。
深夜までの作業も多く、徹夜で朝まで作業をしたこともあります。
それは楽しい時間ではありましたが、手間もかかりお金もかかる。
もう、それは私には耐えがたい「わがまま」でした。

電動車いすの新車製作の時の話。
メーカーから仕入れた車いすの部品の7割位は取り外して、Mさん仕様に作り込んでいきます。
それは身体的な特性から必要なことです。

しかし、更に多くの注文が付きます。
泥除けオプションがない車椅子だったのですが、どうしても泥除けがほしい。
他の車椅子の流用品ではなく、こういう形で作って欲しいと。
作って見せて、作り直して、また作り・・・
結局、その部品を製作する為に、鉄板を曲げる専用の設備を導入しました。

見えるネジを全部鉄からステンレス製に変えてほしいという要望もありました。
交換する理由は「かっこいい」から。
すべてのネジを外し、1本1本測り、注文して置き換えました。

作っている最中に形が変わったりすることもありました。
操作周りのガードパイプはMさんの言う通り、パイプを複雑に曲げて作った。
「ここのラインは地面と平行に、車椅子のこのフレームと垂直になるように」細かい指示に従いました。
出来上がりを見せたら、「溶接の跡が見えないようになだらかにしてくれ!」と、追加の要望があった。手に触れない場所です。その部分は多少の溶接の跡があっても性能的には問題はありません。さすがにこの時はもう、投げて捨ててしまおうかとも思いました。

時にはぶつかり、「もういい加減にしてくれ」と怒りの感情もでていました。
そんなやりとりを約10年間、数百時間も繰り返していました。

そんな負の感情で仕事をしていた時にふと気が付いたことがあります。


車いすというのは、ただの乗り物ではなくその人の気持ちを表すものなんだと。
この車いすは彼の「わがまま」ではなく、彼の「生き様」なんだと。


それに気がついた時、私はMさんのことがもっと好きになりました。

Mさんは10年前に他界されました。
亡くなる直前まで、次の車いすの構想を相談してくれていました。
製作が始まる前から「こだわり」をいっぱい話してくれました。

私はこの時、「わがまま」ではなく、「生き方」を聞いていたように思います。

Mさん ありがとうございます。
あなたの「わがまま」のお陰で、引き出しを増やすことが出来るようになりました。
そして「わがまま」な依頼が心から楽しくなりました。

それが私が車いす屋として境を越えた瞬間です。


Mさんの車椅子。寝たまま運転する電動車椅子

境は至るところにあります。目に見える境もあれば目に見えない境もあります。境がないと壊れてしまうものもあれば、境があるから困ってしまうことがあるのかもしれません。
毎月、障がい・福祉・医療に関わる方に「境を越えた瞬間」というテーマでコラムを書いていただいています。
いろいろな方のコラムをぜひ読んでみてください。
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