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コラム「境を越えた瞬間」2024年7月号-村上正和さん‐

プロフィール

村上 正和(むらかみ・まさかず)

  • 日本医療大学 保健医療学部 リハビリテーション学科OT

1985年 函館市で生まれる
2008年 弘前大学 作業療法学専攻卒業
2008~2019年 西堀病院(函館市:地元に戻りました)
2019~2021年 北海道医療大学地域包括ケアセンター 訪問看護ステーション
2021年~ 日本医療大学

職業観が変わるきっかけとなった訪問リハビリテーションでのAさんとの出会い

私が作業療法士の免許を取ったのは15年前のことです。
大学を卒業後の10年間は函館市の病院で「回復期」と呼ばれる段階にいる方々へのリハビリに関わってきました。

回復期の患者さんは発症してからまだ時間が経っておらず、身体機能や生活機能の「改善」を目標とすることが多いです。入院した時には車椅子で移動していた患者さんが、退院する時には一人で歩いてトイレに行く姿などを見て、作業療法士という仕事にやりがいを感じていました。

回復期では自宅退院が決まった患者さんに対して、退院前に自宅を訪問し、手すりの位置などの自宅環境を患者さんの能力に合わせて検討します。

ある日、患者さんの自宅を訪問した時に、ふと食器棚に飾られた家族写真に目が向きました。
その写真に写っている患者さんは病院で見る姿とは異なり、表情豊かで、その方の人生の歴史を直に感じる瞬間でした。
作業療法士の仕事は単に自宅に退院することをサポートするだけでなく、病前の生活に戻ることをサポートする仕事なのかな、と考えさせられる出来事でした。
この出来事をきっかけに在宅でのリハビリに興味を持ち、10年勤務した病院を離れ、札幌市の訪問看護ステーションに入職しました。

この後は、訪問で担当させていただいたALSのAさんとのやり取りについて書いていきたいと思います。

初回訪問時にAさんと話をした時に言われた言葉は「気管切開は絶対しない」「進行が遅くなるようなリハビリをしてほしい」というもので、答えに詰まってしまったのを覚えています。
Aさんの家と私の自宅が近かったことから、16:30にAさんの訪問に入り、17:30に訪問を終え、自宅に直帰するという生活が1年以上続きました。

その時間の中で、Aさんと様々な生活課題に向き合ってきました。

例えば、奥様の介助で車に乗り移れなくなってきたという課題に対しては、車椅子を10cm程度の台に載せてから車に移乗する方法を検討し、奥様の仕事が休みの日に実際に確認に訪れたこともありました。
上肢の筋力低下が進行し、アームレストからの腕が落ちてしまうという課題には、テーブルを車椅子に乗せて、その上に上肢を乗せる案を提案しましたが、Aさんから「まだ完全に腕が動かないわけじゃないから、腕を固定するだけじゃなく動かしやすさも考えて欲しい」と要望があったので、スプリント素材を用いたオリジナルの肘置きを作成するなど、Aさんのニーズに合わせたアプローチを模索しました。

その中で特に苦慮したのが、不動による痛みとの闘いでした。筋力が維持されていた頃は自身で臀部や背中、足底の除圧が可能でしたが、徐々に自身での除圧が難しくなってきました。
看護師さんや福祉用具の相談員さんと協力して様々なタイプの車椅子クッションを試したり、足底の除圧にはアイシングに使う冷却ゲルを使ってみたり、関わった全員で知恵を出し合い、Aさんの感想を聞くたびに一喜一憂していたことを覚えています。

肺炎をきっかけに急に状態が悪化してしまい、ある日の朝、奥様からの電話で下顎呼吸になっていることを知り、すぐに訪問した方が良いか聞きましたが、奥様から「最後までいつも通りの生活を過ごしたい」との願いをお聞きし、通常の訪問時間である16:30に向かうことにしました。
16:30に家につき、洗面所で手を洗い、寝室に向かい、ベッド上で寝ているAさんに挨拶を交わした瞬間に、Aさんの息が止まったことを今でも鮮明に覚えています。

その後、私はその事務所を退職しましたが、Aさんの家には半年に一度ほど訪れ、奥様に会っています。Aさんの死は悲しい出来事である一方で、奥様はやれることはやったと仰っており、私も同様に後悔のない訪問リハができたと感じています。

一般的には、作業療法士の仕事はある程度の枠組みがあると思いますし、その枠組みを強化していくことが専門性の強化につながるのだと思います。
しかし、Aさんとの出会いで私には少し違う考えも芽生えました。
おそらく、一般的な作業療法士の枠組みで教科書的な思考で考えていたら、スプリント素材で車椅子の肘置きを作ることや、冷却ゲルで除圧するという発想にはなっていなかったし、もしかしたら福祉用具の専門員さんの方が詳しいからそっちに聞いてみたほうが確実だというような回答をしていたかもしれません。
自分が考えている作業療法という仕事の枠で対象者に出来ることを考えるだけでなく、対象者のニーズに応えることを優先し結果を出すことが、本当の意味で作業療法の専門性を強化する一歩になるような気がしています。

Aさんと一緒に作成した、スプリント素材の肘置き


境は至るところにあります。目に見える境もあれば目に見えない境もあります。境がないと壊れてしまうものもあれば、境があるから困ってしまうことがあるのかもしれません。
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