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什の掟 子どもの変化

「変化する大人への対応」

明日から妻の生家がある福島県喜多方市に帰省します。(明日から暫くの間ブログをお休みします。)

子ども達も全員成人しているのですが、皆田舎が大好きで、祖父母を慕っています。今回は暫くぶりに全員がお盆をめどに田舎に集合です。「会津」、幼い頃からこの地名を聞くとどこかに愛着を感じていました。昨年、他界した叔母が、石川家のルーツを探る為、様々な資料や情報を集めとうとう家系図を作り上げました。私も、石川家の先祖を名前や、両親から聞いた情報を頼りに探って行きました。結果、遺伝子という存在を思い知りました。我が家の紋は「笹竜胆」です。鎌倉の寺社を訪れると、あちこちにこの紋が目に飛び込んできます。我が祖先は、清和天皇の流れをくむ石川一族で、何と会津藩の武士でした。どおりで、「会津という名称に愛着を感じるわけだ」と一人思いにふけっていました。

 会津藩には「什の掟」というものがあります。会津若松にある「會津藩校 日新館」に行くと、この「什の掟」を見る事ができます。その由来を、資料から抜粋してみます。

『 什の掟―じゅうのおきて(ならぬことはならぬものです)同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まりをつくっていました。この集まりのことを会津藩では「什 (じゅう)」と呼び、そのうちの年長者が一人什長(座長)となりました。

 毎日順番に、什の仲間のいずれかの家に集まり、什長が次のような「お話」を一つひとつみんなに申し聞かせ、すべてのお話が終わると、昨日から今日にかけて「お話」に背いた者がいなかったかどうかの反省会を行いました。

 

  • 年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ

  • 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

  • 嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ

  • 卑怯な振舞をしてはなりませぬ

  • 弱い者をいぢめてはなりませぬ

  • 戸外で物を食べてはなりませぬ

  • 戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
    ならぬことはならぬものです

※什により、一つ二つ違うところもありましたが(「戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ」はすべての什にあったわけではないようです)、終わりの「ならぬことはならぬものです」は、どの什も共通でした。

 そして、「お話」に背いた者がいれば、什長はその者を部屋の真ん中に呼び出し、事実の有無を「審問」しました。事実に間違いがなければ、年長者の間でどのような制裁を加えるかを相談し、子供らしい次のような制裁を加えました。

一、無念(むねん)
 一番軽い処罰です。みんなに向かって「無念でありました。」と言って、お辞儀をしてお詫びをします。「無念」ということは、「私は会津武士の子供としてあるまじきことをし、名誉を汚したことは申し訳がない、まことに残念であります。」という意味でした。

二、竹篦(しっぺい)
 いわゆる「シッペ」です。制裁の重さに応じて、手のひらに加えるか又は手の甲に加えるか、何回加えるかを決めました。
 仲がいい相手だからと力を抜くものがいれば、什長は厳しく目を光らせ、すぐにやり直しを命じました。

三、絶交(ぜっこう)
 一番重い処罰です。これを「派切る(はぎる)」と言い、いわゆる「仲間はずれ」でした。めったに加えられる罰ではありませんでしたが、一度「絶交」を言い渡された場合には、その父か兄が付き添い「お話」の集まりに来て、什長に深くお詫びをし、什の仲間から許されなければ、再び什の一員に入ることができませんでした。

四、その他
 火鉢に手をかざす「手あぶり」や雪の中に突き倒して雪をかける「雪埋め」というような制裁もありました。

 子供にとって仲間たちから受ける審問は辛いものではありますが、「お話」も「制裁」もすべて大人たちに言われてつくったものではなく、子供たちが制約や強制を受けずに自分たち自身でつくり、「会津武士の子はこうあるべきだ。」ということを互いに約束し、励み合ったのです。』以上、會津藩校 日新館より

如何でしょうか。子ども達自ら襟を正し、子どもであっても会津藩士の子どもであるという「誇り」をもって彼らは一日を過ごしていました。そして、幼い頃から子ども通しで学び合い、「ならぬことはならぬ」と躾けられていたのです。この時代と比べてもしょうがないことかもかも知れませんが、時代の古さではなく、精神をしっかり学び、伝えることも大切だと思います。「新しいことは良いことだ」はそれこそ昔の話しです。故きを温ねて新しきを知る。何故、子ども達自らが、大人の指示や命令ではなくこのような掟を作ったのか、それは、會津藩士であり、その妻であるという誇りが、親達や大人達の凛とした生活をさせていたのでしょう。それが良き手本となり、子ども達に自然と示されていったのでしょう。

 様々な子ども達と接してきて、年を重ねる度に子ども達と大人達の関係が同レベルになっているように思います。時折、親も子も区別のつかない場合があります。スマホの扱い方などその典型でしょう。親子関係は仲間意識、この傾向が強まるにつれ、大人と子どもの関係に変化が生まれました。昔は、「大の大人が」と笑われるような光景が、今は平然と行われています。食べ歩きなどはその典型でしょう。あるニュースで、「水着のまま町を歩くのは如何なモノか」という議論が巻き起こっていると報じていました。ぬれたままタクシーに乗ろうとする、砂だらけで店に入ってくる等の愚行が目立つと言うのですが、最終的に商売のことを考えると…。まさしく「ならぬものはならぬ」です。論議の対象にもなりません。こうした大人の愚行は、そのまま子ども達の常識になります。

 「だから何」「当たり前じゃん」「意味あるの」「それで」「訳わかんない」「わかんない」「何言ってんの」「おまえやれよ」「聞いてらんねぇよ」「…」無言、そして、「無視」。先生方から寄せられた子どもの授業中の反応です。子ども達の中で、ことばに男女の区別がなくなって来たように、大人との区別もなくなって来たようです。授業で敬語の説明が難しくできなくなって来たと聞きます。こうした傾向は幼児や小学生でも見られるようになってきました。素直な性格を持つ子どもの減少は、社会の中のどのような歪みの中で起こるのでしょうか。このまま行くと、大人も子どもも境なく、益々凄惨な事件や事故を引き起こすのではないかと考えられるのではないでしょうか。

 大人も、子どもも「ならぬものはならぬのです。!」

2014/8/8


著:石川教育研究所 代表 石川 幸夫

石川教育研究所 代表 石川 幸夫

石川先生監修!

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