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イーロン・マスクの盟友が10年後を予測する:『2030年』

イーロン・マスク(スペースX、テスラCEO)の20年来の盟友であるベンチャー投資家、ピーター・ディアマンディス。「シンギュラリティ大学」「Xプライズ財団」の創設者としても著名な氏による未来予測の書、『2030年:すべてが「加速する世界に備えよ』が12月24日に発売され、即重版が決定しました。
AI、3Dプリンタ、量子コンピュータといった個別の先端テクノロジーが、これからは個別に進化するのみならず、互いに「融合」していく。これによって「未来はわれわれが思うより早くやってくる」――博士はそう展望します。つい先日Forbes誌上で「2020年のトップ10ビジネスブック」にも選ばれた本書の一部を特別公開いたします。

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「ローカルでリニアな時代」は終わった

新たなテクノロジーが生まれれば、つねに変化は起こる。

「靴下」が発明されたのは、材料革命によってそれまで使われていた植物の繊維に代わり、やわらかい織物ができたためだ。また道具革命によって縫い針が登場したからだ。

いずれも進歩ではあるが、本質的にリニア(直線的)な変化だ。人類が植物の繊維や動物の骨を使っていた段階から、靴下の実現に向けた次のステップである家畜化(それによって羊毛が得られるようになった)に移行するまでに何千年もかかった。それから電気が発明されて靴下が大量生産されるようになるまで、さらに数千年かかった。

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しかしわれわれがこんにち目の当たりにしている、おそろしいほどの加速度的変化は、1ダースものテクノロジーが互いに〈融合〉した結果だ。これまで起きたことのないスピードの進歩であり、それがわれわれにとって厄介なのだ。

人間の脳は、ローカル(地域的)でリニアな環境で進化してきた。「ローカル」とは、あらゆることは1日あれば歩いていける範囲で起きていたということ、そして「リニア」とは変化の速度がきわめて遅かったという意味だ。われわれのおじいさんのおじいさん世代の生活は、父親世代のそれとさして変わらなかった。

グローバルで「エクスポネンシャル」な時代

だがわれわれが今生きている世界はグローバルで「エクスポネンシャル(指数関数的)」だ。グローバルとは、地球の裏側で起きたことも数秒後には伝わるということだ。そして「エクスポネンシャル」とは、変化が目のくらむほどの速度で起きるという意味だ。世代ごとに生活が変わるどころか、ほんの数カ月で革命が起こる時代だ。それにもかかわらずわれわれの脳はハードウエアとして20万年ほどアップデートされておらず、これほどのスケールやスピードには適応できない。

個別のイノベーションの進歩についていくのさえ難しいのに、複数が融合したらお手上げだ。グーグルのAI開発責任者をつとめるレイ・カーツワイルが「収穫加速の法則」に従って計算したところ、われわれはこれからの100年で、2万年分の技術変化を経験することになるという。つまりこれからの1世紀で、農業の誕生からインターネットの誕生までを2度繰り返すくらいの変化が起こるわけだ。パラダイムシフトを引き起こし、ゲームのルールを一変させ、すべてを変えてしまうようなブレークスルーが「たまに」ではなく「日常的に」起こるようになる。

イーロン・マスクの約束

2017年9月。オーストラリアのアデレードで開かれた国際宇宙会議に登壇したイーロン・マスクは、飛行機のエコノミークラス並みの価格で「地球上どこでも1時間以内に飛んでいける」ロケットサービスの実現を約束した。

マスクがこの約束を口にしたのは、航空宇宙業界の幹部や政府高官など5000人を集めた1時間の基調講演の最後だ。プレゼンテーションの主な話題は、マスクがCEOをつとめるスペースXが有人火星飛行のために設計した巨大ロケット「スターシップ」の近況報告だった。惑星間飛行のために開発した宇宙船を、地球上の乗客輸送に使うというマスクの発言は、スティーブ・ジョブズがデモの終わりぎわに口にした名文句「ちょっと待った、もう一つある」の航空産業バージョンといえる。

スターシップは時速約2万8000キロで飛ぶ。超音速機コンコルドと比べてもケタ違いの速さだ。これが現実に何を意味するかと言えば、ニューヨーク〜上海間が39分、ロンドン〜ドバイ間は29分、香港〜シンガポール間が22分で結ばれるということだ。

ではスターシップの実現性は?

「おそらくテクノロジー自体は3年以内に形になるでしょう。しかし安全性を確認するまでにはもう少し時間がかかります。ハードルは高い。航空産業はきわめて安全性が高い。飛行機に乗っているほうが自宅にいる以上に安全なんです」とマスクは説明している。

ビジョンを形にするプロセスはスケジュールどおりに進んでいる。2017年9月には、2020年代には既存のロケット「ファルコン9」と「ファルコン・ヘビー」をともに引退させ、「スターシップ」に置き換える意向を発表した。それから1年経たないうちに、ロサンゼルス市長はスペースXがロサンゼルス港近くで、約7300平方メートルのロケット製造工場の建設に着工するとツイートした。

2019年4月にはさらに記念すべき出来事があった。スターシップ初の試験飛行が行われたのだ。こう考えると、これから10年ほどのあいだに「ちょっとランチにヨーロッパまで」というのが、当たり前になるかもしれない。

なぜヒトは未来を見通すのが苦手なのか?

次の10年が終わる前に、こうした「交通革命」が私たち個人の生活を変える。どこで暮らし、働くのか? 自由時間はどれくらいあるのか、それをどう使うのか?
 
交通革命は都市の外観や雰囲気を変える。「地元」のデート相手の規模が変わり、「地元」の学区の人口構成も変わるなど、変化のリストは延々と続いていく。

この「延々と」の部分を、できるだけ具体的に思い浮かべてみよう。「この交通革命は私の生活をどう変えるのだろう」と。小さな変化から始めてみよう。自分の1日を考えてみるのだ。どんな用事があり、どの店を訪れるのか?

その予想は当たるだろうか。

最後の質問には、なんでそんなことを聞くのかと思うかもしれない。だが考えてみてほしい。2006年には小売業は絶好調だった。アメリカの大手百貨店シアーズの時価総額は143億ドル、ターゲットは382億ドル、ウォルマートはなんと1580億ドルだった。一方、アマゾンという名のベンチャーのそれは175億ドルだった。それが10年後にはどうなっていたか。何が変わったのか?

大手小売業は苦境に陥った。2017年にはシアーズの時価総額は94%減少し、わずか9億ドルとなり、まもなく倒産した。ターゲットはもう少しましで、550億ドルになっていた。最も成功していたのはウォルマートで、時価総額は2439億ドルに増加していた。だがアマゾンはどうなったか? アマゾンの時価総額は2017年には7000億ドルに膨らんでいた(現在は8000億ドル)。おそらくその結果として、あなたの生活も変わっただろう。

とはいえアマゾンがあなたの生活を変えるのに何をしたかと言えば、インターネットという新たなテクノロジーを使って、通信販売カタログという古いテクノロジーにテコ入れしただけだ。一方これから私たちが経験する交通革命は、半ダースほどのエクスポネンシャル・テクノロジーが融合し、半ダースほどの市場が統合された結果として実現する。それほどのインパクトが重なりあうとどうなるのか、想像するのはかなり難しい。

想像できないのは当然だ。機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使った研究では、私たちが未来を予想しようとすると、奇妙な現象が起きることが明らかになっている。内側前頭前皮質が動作を停止するのだ。これは私たちが自分自身のことを考えるときに活性化する脳の分野だ。反対に他の人々のことを考えるときには不活性化する。まったくの赤の他人について考えるときには、それが一段と顕著になる。

自らの未来に思いをはせると、内側前頭前皮質が活性化すると思うかもしれない。だが実際にはその逆で、不活性化する。つまり脳は、未来の自分自身を他人として扱うのだ。より遠い未来の自分を考えるほど、ますます他人になっていく。先ほど交通革命はあなたの未来にどんな影響を与えるかと聞かれたとき、あなたが思い浮かべた自分は、あなたではないのだ。

多くの人が老後にそなえて貯蓄したり、ダイエットを続けたり、定期的に前立腺検査を受けたりするのが苦手なのは、このためだ。脳から見れば、それによって恩恵を受けるのは、努力する人とは別人なのだ。本章を読み、「すごいな!」と「バカげている」のあいだを行き来し、これから起こる変化の速度を受け入れられないと感じたのはあなただけではない。しかもローカルかつリニアな脳で、グローバルでエクスポネンシャルな世界に太刀打ちするには限界があり、正確に未来を予想するのはかなり無理がある。このような神経生物学的にビルトインされた性質のために、私たちは平時でさえ将来何が起こるかうまく予想できない。

しかも現状は「平時」とはほど遠い。1ダースものエクスポネンシャル・テクノロジーの融合が起ころうとしているだけでなく、その衝撃から派生的な変化の推進力がいくつも生まれている。たとえば情報や資金やツールが手に入りやすくなったこと、生産時間や平均寿命が大幅に伸びたことなどだ。こうした推進力も組み合わさって新たな変化の津波となり、加速が加速を呼び、来るべき破壊的変化の速度とスケールを膨らませている。

これにはよい面と悪い面の両方がある。

悪い面とは、これから起こる事態というより、私たち自身の変化への適応能力(の欠如)の問題だ。これから数十年でAIとロボティクスの融合によって、アメリカの労働者の相当な割合が失業の脅威にさらされることを多くの研究が示している。これは社会が変化に適応するためには、数千万人の労働者が再教育を受け、バージョンアップしなければならないことを意味する。一方よい面は、この再教育と表裏一体の関係にある。

あと10年で世界は激変する

新たなエクスポネンシャル・テクノロジーが生まれるたびに、そこにはインターネットと同じ規模の機会があると見ていい。インターネット自体について考えてみよう。音楽、メディア、小売業、旅行、タクシーなど多くの産業を破壊してきたと思われがちだが、マッキンゼー・グローバル・リサーチの研究では、インターネットによって消滅した雇用が1とすれば、新たに生み出された雇用は2.6であることが明らかになった。

これからの10年で、同じような機会が何十という産業で生まれるだろう。インターネットがベンチマークになるならば、これからの10年で、これまでの1世紀を上回る富が創造されるだろう。起業家にとって(幸い最近は環境や社会に対する意識が高い起業家も多い)、これほど恵まれた環境はなかった。シードキャピタルを調達するまでにかかる時間は数年から数分に縮まった。ユニコーンが誕生するまでの期間、つまり「いいアイデアがあるぞ」から「10億ドル企業を経営している」という状態にいたるまで、かつては20年はかかった。それが今日では、たった1年の冒険でそこまで到達できるケースもある。

残念ながら、既存の大手組織はなかなかついていけない。今日の大企業や政府機関は別の世紀につくられた。その目的は安全と安定、言葉を換えれば「時代を超える生存」だ。急速かつ劇的な変化に耐えられるようにつくられてはいない。企業イノベーション研究の第一人者リチャード・フォスターが、今日のフォーチュン500企業の40%が、まだ私たちが聞いたことのないようなベンチャーに取って代わられ、10年以内に消滅すると予想するのはこのためだ。

社会制度も同じように適応に苦しんでいる。教育制度は18世紀の産物で、子供たちをバッチ処理して、工場労働者に仕立てることを目的としていた。しかし今日の世界はまるで違っている。教育制度が今日のニーズに対応できないのはこのためだが、苦境に陥っているのはそれだけではない。

なぜ離婚率はこれほど高いのか。理由の一つは、結婚は4000年以上前にできた制度だということだ。当時は10代で結婚し、40歳までには死んでいた。つまり結婚制度はせいぜい20年の拘束という前提で成り立っていたのだ。しかし医療の進歩や寿命が延びたことで、今では結婚生活は半世紀も続くようになった。そうなると「死が二人を分かつまで」の意味もまったく変わってくる。

要はこういうことだ。すぐ先に待ち受けている未来を見通し、来るべき事態に適応する機敏さを持つことが今ほど重要だった時代はない。それこそ本書がやろうとしていることだ。

(土方奈美=訳)

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【目次】
第1章 「コンバージェンス」の時代がやってくる
第2章 エクスポネンシャル・テクノロジー Part 1
第3章 エクスポネンシャル・テクノロジー Part 2
第4章 加速が"加速"する
第5章 買い物の未来
第6章 広告の未来
第7章 エンターテインメントの未来
第8章 教育の未来
第9章 医療の未来
第10章 寿命延長の未来
第11章 保険・金融・不動産の未来
第12章 食料の未来
第13章 脅威と解決策
第14章 5つの大移動がはじまる