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自分の職場を、友だちに薦められるか?──『フルライフ』#2

人生100年時代が到来し、75歳頃まで一生懸命に働くだろう私たちに、いま必要な「戦略」はなんなのか? 予防医学・行動科学・計算創造学からビジネス・事業開発まで、縦横無尽に駆け巡る、 石川善樹さんの集大成『フルライフ』を、一部特別公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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1章 仕事人生の重心はすべて「信頼」にある

Well-Beingは職場の課題を一挙に解決する

「長い仕事人生の中で、何か大きなことを成し遂げるため」に、本章では、その重心と時間戦略の全体像を示していきます。

 まずは職場の重心としてのWell-Beingのお話です。本書の冒頭で私は次のように述べました。

〉〉〉A.フルライフとは、Well-DoingとWell-Beingの重心を見つけること

 これはすなわち、職場のWell-Being度が高いと、職場におけるWell-Doing度(生産性と収益性)も高い傾向にあることがわかっています。これを図で表現すると、次のようになります。

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 この図は同時に「なぜ職場のWell-Being度が高いと、Well-Doingにつながるのか?」、そのメカニズムも示しています(詳細は私がハーバード・ビジネス・レビュー誌(2018年6月号)に寄稿した「職場の孤独への対処法:ウェルビーイングを追求する」をご覧ください)。

 それよりもこの図を通して私がみなさんに投げかけたい問いは次の通りです。

Q.職場におけるWell-Beingの重心は何か?

 そもそもWell-Beingとは何か、どうやって測定するのか、という点については5章で解説しています。なので一旦そのような疑問は脇に置き、「要はどのような状態だとその職場はWell-Beingと言えるのか?」、端的に結論を言いたいと思います。それは次の通りです。

〉〉〉A.「信頼の文化」がある職場

 もちろん、職場がWell-Beingであるために重要な要因は数限りなくあります。しかし「たくさんあります」では何も言っていないのと同様です。ここは勇気を持って最重要項目をあげるとすると、「信頼の文化」になります。

 経済学と脳科学をかけ合わせた神経経済学という分野の第一人者に、クレアモント大学院大学のポール・ザック先生という方がいます。彼は、成果を挙げる国や組織にはある共通の文化があるという発見をしています。それが「信頼の文化」です。

 ビジネスパーソンはほとんどの時間を組織で過ごしているわけですが、組織のなかに「信頼の文化」が醸成されていないと最悪です。いくらお給料が高くて、仕事も刺激的で、ピカピカのオフィスでも、信頼関係がないと、つらい仕事になりそうですよね。

 しかし、「信頼の文化」を築くのは容易ならざる道です。これが難しい理由は、本人の力だけではどうしようもないからです。組織の評価制度や上司の接し方であるとか、会社全体の問題です。ただ、自分が同僚や部下に対して「敬意を持って接する側」に回ることは、自分の意思でもできます。それが巡り巡って自分への敬意となって返ってくる。その戦略しかないと思っています。

 ところで、信頼とはなんでしょうか?

「信頼関係」とは言っても「信用関係」とは言わないように、「信頼」は双方向のものです。

「信用」はどちらかというと一方向のものです。信用は、理性的なジャッジです。ビジネスに引きつけて言うと、こいつは仕事ができるかできないか、期日までにやりきれるのか。できるやつはOK、できないんだったら淘汰という弱肉強食スピリッツがプロフェッショナリズムの裏にある。

 それに対して「信頼」は、相手との感情的な結びつきです。親が子に対する態度みたいなものですね。よく「信頼は築くのが大変だけど、崩れるのは一瞬」って言うんですけど、あれは噓だと思っています。「築くのは大変で、崩れるのが一瞬」なのは、信用のほうです。何かアクシデントが起こったくらいでは、崩れないものが信頼ですから。

「こいつを信頼する」と決めたんだったら、仕事ができなかろうが、刑務所に入ろうが、「オレとおまえ」の仲だから、と信頼の態度を崩さない。つまり信頼とは、能動的な決断による関係性なんです。

Q.信頼とは何か?

〉〉〉A.信頼とは感情的な結びつきを含む双方向の関係性

 そういった信頼の文化がある国や組織は、繁栄しやすい。安全や安心は、発展の礎になるからです。

 この「信頼を作る」ということを重視しているのが、スポーツチームです。スポーツチームは勝敗がわかりやすいので、結果にシビアです。毎年監督が替わったり選手が替わったりするため、クイックに文化を作らないといけないんですね。結果も目に見えるかたちですぐに出るから、「組織作り」の研究対象になりやすい。

 サッカーのマンチェスター・ユナイテッドというクラブでかつて、アレックス・ファーガソンという人が監督を務めていたことがあります。選手でいうとベッカムらがいた頃の監督で、とにかく勝ち続けました。

 実はファーガソン監督には、歴代の監督のなかで彼だけがやっていたことがあります。チームがゴールを決めた時、最初に抱き着いて喜びを共有する相手は、得点を決めた選手ではありませんでした。ベンチにいる用具係のおじさんだったんです。

 もしもゴールを決めた選手を祝福すると、それは「信用」になります。できたやつが評価され、そうでないやつは放っておかれるんだ、と。

 これ、松下幸之助も同じことを大事にしています。「縁の下の力持ちこそ、みんなの前でしっかり認めるべし」。ゴールという結果が出た時、スパイク磨きやユニフォームの洗濯をしてくれる、チームを陰で支えてくれている用具係のおじさんにまず最初に感謝を示す。その姿を周囲に見せることでファーガソン監督は、チームが末端の構成員を含めた全員の信頼から成り立っているという意識を、チーム全体に浸透させていたのです。

「信頼の文化」を築くための3つの問い

 では、ビジネスの世界において、どのようなコミュニケーションを意識すればチーム内で「信頼の文化」が芽生えるのか。先ほどのポール・ザック先生によれば、次の3つのポイントについて気にかけてあげるとよいそうです。

Q.仕事は順調ですか?

Q.人生は順調ですか?

Q.ご家族は幸せですか?

 一つ目は、メンバー同士で「仕事は順調ですか?」という話をすること。「順調ですか?」をもう少し嚙み砕いて言うと、日々の仕事で「学びや変化がありますか?」ということです。人間は飽きっぽいので、学びや変化がなくなった瞬間に「順調」と思えなくなります。

 この質問は、1週間に1回ぐらい聞くといいとわかっています。たとえ成果は出ていなかったとしても、本人のなかで学びや変化がある1週間だったら、その人にとっては順調だと思える。その一方、たとえ成果が出ていたとしても、日々がルーティンの繰り返しのように思えたら、とても順調とは感じられない。つまり、学びや変化があるから、人はがんばれるのです。

 2つ目は、「人生は順調ですか?」という話をすること。この質問は年明けだったり、夏休みの前後だったり、半年に一度ぐらいでいいでしょう。たまには一緒に、目先の仕事から離れたでかい話をしようぜ、というノリを人間関係のなかに意識的に持ち込んだほうがいいですね。お酒を飲みながらでもいいと思います。お酒を飲んでいるときって急にでかいこと言いたくなりますから。

 3つ目は、「ご家族は幸せですか?」。プライベートについての話です。二人きりで、雑談する機会があるときに聞いてみる。

 この3つのことを相手に聞けるようになるためには、まずは自分から、この3つについて話しておくのが大事です。先に自己開示することで、他の人も同じ話題についてしゃべりやすくなる。

 つまり、信頼の文化を作るには、相手の仕事・人生・プライベートと全方位的に気遣うことです。すると相手は「ひとりの人間として認められている」と感じ、信頼の文化が築かれていきます。

 ここ数年、eNPS(Employee Net Promoter Score:従業員ネットプロモータースコア)に非常に注目が集まっています。従業員が所属する企業に対し、どれぐらい満足感を抱いているかを計測するリサーチ法です。離職率を極めてよく予測するスコアとして、急速に導入が進んでいます。例えば投資家や企業が会社を買収しようかどうかというときに、従業員のeNPSを調べています。そうすると会社の状況がよくわかるし、買収した後に社内でどんな動きが起こるかの予想も立てやすくなる。

 これ、たった1つの質問でできているんです。

 この質問に0から10までの11段階評価で答えてもらう、それだけです。財務諸表には載らないこの指標が、ものすごく大事なんです。この会社は今後、中長期的にどうなんだろうかという点については、財務諸表の数字よりもeNPSのスコアのほうがよく予測するとさえ言われています。

 もう一度お伝えします。「友人に対して、自分の会社をどのくらい推奨するか」。私の考えでは、このたった1つの質問は「その会社に信頼の文化が築かれているかどうか」を間接的に聞いています。

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はじめに どうしたら一度きりの人生がフルになるのか
1章 仕事人生の重心は、すべて「信頼」にある
2章 生産性の重心をとらえる3つの「時間軸」
3章 創造性の重心は「大局観」にある
4章 人生100年時代の重心は「実りの秋」にある
5章 真のWell-Beingとは「自分らしさ」の先にある
おわりに 新しい時代の重心は「私たち」である