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3ヶ月先も見えない時代に、いま必要な「戦略」は?──『フルライフ』#1

人生100年時代が到来し、75歳頃まで一生懸命に働くだろう私たちに、いま必要な「戦略」はなんなのか? 予防医学・行動科学・計算創造学からビジネス・事業開発まで、縦横無尽に駆け巡る、 石川善樹さんの集大成『フルライフ』を、一部特別公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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はじめに どうしたら一度きりの人生がフルになるのか

 みなさん、こんにちは。石川善樹と申します。この本のコンセプトは、「時間の使い方に戦略を持つことで、フルライフ(充実した人生)を実現する」というものです。

 とはいえ、いきなりそんなことを言われても、困りますよね。おそらくまず疑問に思うのは、次の2点ではないでしょうか。

Q.戦略的な時間の使い方とはどういうことか?

Q.そもそも、「フルライフ」とは何か?

 まず時間の使い方ですが、本書ではさまざまなスケールの時間を扱います。それこそ、1日や1週間の過ごし方から、長くは100年先の人生までどのような時間戦略を持てばいいのか、私なりの考えを述べていきます。

 くわしい話はこれから述べていきますが、あらかじめお伝えしておくと、私が考える時間戦略の背景には、次のような信念があります。

Q.時間戦略の背景となる信念は何か?

〉〉〉A.1日あれば、視点が変わる

〉〉〉A.1週間あれば、人生が変わる

〉〉〉A.1年あれば、事業が変わる

〉〉〉A.3年あれば、企業が変わる

〉〉〉A.10年あれば、産業が変わる

〉〉〉A.30年あれば、時代が変わる

〉〉〉A.100年あれば、文明が変わる

 と言われても、「なんだか話がでかすぎやしないか?」といぶかしがる方もいるかもしれません。「もっと気楽な話をしてほしい」という方もいるでしょう。大変申し訳ないですが、そういう方は本書の対象ではありません。

「仕事で結果を残したい」
「何者かになりたい」
「何か大きなことがしたい!」

 そう考えている方が本書の想定読者になります。というのも、まさに私自身がそういう人であり、それゆえにとても悩んだというか、今も悩んでいるからです。

 なぜ悩むかというと、2つ理由があります。まず、その「何か大きなこと」というのがなんなのかよくわからない。

 次に、その「何か大きなこと」がわかった気になっても、大き過ぎるために、今現在へと逆算することが難しい。それ故、「自分の人生が充実している(フルライフ)」とは言い難い、きわめて残念な事態に陥っていました。

「どうせわからないなら、興味があることを、精一杯やってみよう」

 そう決意した私は、28歳で社会人になってからこの10年余り、予防医学に始まり、行動科学、計算創造学からビジネスにおける事業開発まで、さまざまな分野に挑戦しながら試行錯誤してきました。

 しかし。

 仕事だけを見ると確実に「深まり・広がっている」ような気がするものの、どうしても「フルライフ」に向かって人生が前進している手ごたえを持てませんでした。

 そこで一念発起して、「時間の使い方に戦略を持つことで、フルライフ(充実した人生)を実現する」というコンセプトについて、真剣に向き合うことにしたのです。

 本書は、医学論文などの科学の発見と、凄い先人たちの知恵を借りまくりながら、自分自身でも調査し、実践して確かめてきた「戦略」を統合したものであり、私自身の短い人生の集大成と言えるものです。

フルライフの反対は空っぽな人生

 さて、前に進むには、まず次の問いに向き合う必要があります。

Q.フルライフ(充実した人生)とは何か?

 もちろん、フルライフという言葉は本書が提案するコンセプトですので、「そんなこと考えたこともない」と感じるのは当たり前です。しかし、「充実した人生とは何か?」と問われたところで、戸惑いはあまり変わらないと思います。

 そもそも、「私にとって充実した人生とは◯◯である」と明確に言語化できる方は、本書を手に取る暇はないはずです。自分が腹の底から納得できる人生に向けて、充実した日々を過ごされていることでしょう。

 しかし。

 自分にとって充実した人生が何であるか、確信などできるのでしょうか? 少なくとも今の私にはできません。くわしくは後に述べますが、おそらく早い人でも50歳くらいにならないと、自分の人生とはいったいどんなものであり、一度限りのこの生を何のために使うべきか、覚悟を持ちにくいのではないかと考えています。

 どんなテーマであれ、問いを立てたのに考えが進まないのであれば、それは思考力の問題でなく、「問いが適切でない」ということにつきます。

 では、問いを反転してみましょう。

Q.フル(充実)の真逆にある、エンプティ(空っぽ)な人生とは何か?

 するとすぐに、次のような考えが私の頭に浮かんできました。

〉〉〉A.空っぽな人生 ≒ 何も誇ることがない、後悔だらけの人生

 だとすれば、「誇り」を得る方法を一方的にお伝えするのは難しくても、まずはできる限り「後悔」をなくす。そうすることで少しはフルライフ(充実した人生)に近づけるのではないか。私はそのように考えました。

Q.では後悔とは一体なんだろうか?

 改めて、よくよく内省してみた結果、どうも後悔には次の2種類があると気がつきました。

〉〉〉A.やってしまった後悔/やらなかった後悔

 この両者を比較したとき、のちのちの人生まで大きく影を投げかけるのは、おそらく「やらなかった後悔」ではないか。もちろん、「あの時あれをしなければよかった」という感覚に引っ張られることもありますが、私自身は「やった後悔よりも、やらなかった後悔」に後ろ髪を引かれ続けています。

 例えば、どうしてあの時に勇気を出して好きな人に告白しなかったのか。どうしてあの時、「やりたいこと」よりも「やるべきこと」を優先してしまったのか……。おそらく「やらなかったこと」はやったらどうだったか確かめようがないので、一度その後悔にとらわれてしまうと、キリがないんだと思います。

人生を悩ませる2つのジレンマ

 こういったことをツラツラと考えていった結果、さらなる気づきに至りました。それは後悔が生まれる構造には、次の2種類があるということです。

Q.後悔が生まれる構造とは?

〉〉〉A. A or Bで発生する「選択のジレンマ」
     A and Bで発生する「総取りのジレンマ」

「A or B(選択のジレンマ)」はAかBかどちらか一方を選んだら、もう片方を捨てることになるという後悔です。そのジレンマを乗り越えるには、「A and B」しかありません。

 ところが、AもBもCも、あれもこれもと心のままにやりたいことを全部やっていくと、キリがないんです。結局一つひとつをやりきれず、「中途半端だったな」という後悔が発生する。これが「A and B(総取りのジレンマ)」です。

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 ここまで考えて私は完全に困ってしまいました。というのも、人生にAとBという選択肢があるとして、「A or B」でも「A and B」でも後悔が生まれるのだとすると、どうやら人生は「絶対に後悔が生まれる」構造になっているようです。つまり「後悔のないフルライフ」なんてないと。

 だとするとせいぜい私たちにできることは、どちらの後悔を選ぶかだけです。ではどうやって選べばいいのでしょうか?

 私自身は、「A or B」が選べなかった人間です。A かBのどちらかに決めたら、真摯にブレずにやり抜く人生。憧れます。しかし、そのスタイルを選ぶには、実際のところ相当な勇気がいりますよね。

 私には勇気がないし、深掘りすることより広げることへの好奇心が強い人間なので、「A and B」でいくしかない。それはつまり、「総取りのジレンマ」を抱えながら生きていくしかないんだと、ある時点で腹を決めました。

「後悔のないフルライフ(充実した人生)」を目指して、A or Bでいくのか、A and Bでいくのか。どっちを選んでも結局「後悔」は生まれる。その原因は次のように集約されます。

Q.後悔が生まれる原因は?

〉〉〉A.時間には、限りがあること

 A and BばかりかCもDも……とやりたいことが増えていくと、各項目に割ける時間が手薄になってしまい、いい結果が出しにくくなるんですよね。もちろん、他業種から受ける刺激が本業に還元されることは多々ありますが、本業もろとも共倒れになるリスクは大きいわけです。

 さて、ここで改めて尋ねたいと思います。

Q.あなたはどのような戦略で、限られた時間を使っていますか?

 この問いをもう少しブレイクダウンすると、次のような複数の問いに作り変えることができるでしょう。

Q.1日の戦略は?

Q.1週間の戦略は?

Q.1年の戦略は?

Q.3年の戦略は?

Q.10年の戦略は?

Q.30年の戦略は?

Q.100年の戦略は?

 このような問いを作ったあと、私はさらに視点を変え、次のような問いを自分に投げかけました。

Q.戦略の先に、そもそも自分は何をしたいのか?

 冗談のように聞こえるかもしれませんが、私はこの問いと向き合うために、真冬のモンゴル(なんとマイナス40度!)に旅立つことになります。過酷な自然の中、何日も自分と向き合う中でたどり着いたのは、次の2つでした。

〉〉〉A. ①何か大きなことを成し遂げたい  
     ②人生100年をよく生きたい

 そして本書は、これら2つの願いに対する私なりのアイデアを提示するものです。たとえ後悔が残るとしても、限られた時間の中、確信を持って進んでいくための「時間戦略」を示しました。

Q.ところで「戦略」とは何か?

 もちろん色んな定義があると思います。例えばマイケル・ポーターという戦略論の大家は、「戦略=選択肢のセット」と言っています。でも私にはピンときません。というのも、人生の分かれ道があって「どちらに進んでもいいぞ」と選択肢のセットを提示されても、それは戦略とは言えない気がするからです。

 個人的に一番気に入っている戦略の定義は、プロイセンの軍事学者クラウゼヴィッツによる次のものです。

〉〉〉A.戦略家の仕事は〝重心〟を発見することである

 何だかカッコイイ定義ですが、いったい重心とは何でしょうか? クラウゼヴィッツについて研究されている長沼伸一郎さんから、次のような話を教えてもらいました。

〝クラウゼヴィッツは著書「戦争論」の中で、この戦争の重心は首都か、軍隊かという話をよくしている。つまり、首都を攻め落とせば戦争が終わるのか、あるいは軍隊を撃破すれば戦争が終わるのか。たとえば、ナポレオンはロシア軍を放ったまま首都に入ってしまった。重心は軍隊にあったのに、首都に入ったから重心を取り逃がして、結局全体がガタガタになってしまったというようなことを言っている〟

 この話を聞いて、私は「ピン!」と来ました。戦略とはすなわち〝重心〟のことなのかと。本書はこれから、フルライフの重心をみなさんにお伝えしたいと思います。

フルライフのための「時間戦略」とは何か

 もしかすると、大局的な思考が得意な方からすれば、これから各章で示される時間戦略は「細かすぎる」と思われるかもしれません。枝葉末節よりも、何が幹なのか気になるタイプですから。そういう方は、おそらく次のような問いが気になるはずです。

Q.一言で言うと、フルライフのための時間戦略とは何か?

 この問いは、いきなり結論から述べるとわかりにくいのですが、私は次のように考えています。

〉〉〉A.フルライフとは、Well-DoingとWell-Beingの重心を見つけること

 たとえ時間のスケール(1日~100年)がいかなるものであっても、変わらぬ時間戦略の本質は、Well-DoingとWell-Beingの重心を見つけることだと考えています。

 本書を通じて、何度もWell-Doing、Well-Beingという言葉が出てくるので、ここからは少しだけ解説をさせてください。まず私は、フルライフに向けた時間戦略を考える上で、時間の中身を次の2つに分けることから始めました。

Doing(する)の時間
Being(いる)の時間

 時間は、明確な目標に基づき役割や責任を果たす「Doing(する)」の時間と、特に目標なく過ごす「Being(いる)」の時間に分けられます。これは私が勝手にそう分類しているので、おそらく多くのみなさんにとってなじみがない分け方だと思います。

 特にBeingはちょっとイメージしづらいですよね。be動詞のbeです。居る、とも、在るとも言える。目的があって、意識的に何かをしているというよりは、ただ無意識、あるいは習慣的に時間を過ごすことです。隙間の時間や何気ない休憩時間は、beしているといっていいんじゃないでしょうか。

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「Think(考える)」と「Feel(感じる)」、あるいは「Work」と「Private」と言い換えてもあながち間違いではありません。

 現代社会においては、「Doing」と「Being」の時間のバランスは各人に任されています。ではバランスをとるとはどういうことか? 基本的には自由に時間を使っていいものの、一方で規律を持たないとバランスが崩れるということだと思います。

 そして自由と規律がセットになることで、人は自律して生きていけるようになります。

Q.限りある時間の中で、DoingとBeingのバランスをとるには?

〉〉〉A.自由+規律=自律すること

 戦略とは、重心であり、自由と規律のバランスである。私はそのように考えています。

 さて、先ほどの図をちょっと進化させてみましょう。ヨコ軸に0歳から100歳までの時間を取ります。そのうえで、Beingの時間を、よりよいWell-Beingの時間にする。Doingの時間も同様に、Well-Doingの時間にする。

 この2つの時間を合体させることで、フルライフを目指す。

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 先ほども述べましたが、これが本書でお伝えしたいと思っている「フルライフ」をめざすための時間戦略です。

 この本の中で、おいおい説明していきますが、この図の見方には、いくつかポイントがあります。

 まず、人生のその時々で〝よくすること〟と〝よくあること〟、つまり「Well-Doing」と「Well-Being」のバランスは変わってくるということです。

 人生の前半は、勉強したり将来に悩んだりしながらバリバリ働く、つまりよくやる、Well-Doingの時間に多くのリソースを取られます。

 気の合う仲間ができたり、恋人ができたり、あるいは新しい家族ができたりすれば、Well-Beingに過ごしたくなる。一方で、大きな目標や眼の前の仕事が大変なときは、Well-Doingに傾く。歳を取れば体力や集中力の低下といった問題も出てくるでしょう。すると自然にWell-Doingは減らざるを得ない。

 この図が表しているもう一つのポイントは、いくら今はバリバリ働いていたいといえども、Well-Doingな時間ばかり過ごそうとするとバランスが悪くなってしまうということです。

 今まさにバリバリ働いている人も、Well-Doingの時間をすこし抑えて、Well-Beingの時間を招き入れるぐらいの感覚を持たなければ、人生の後半戦で歪みをもたらすことになります。

 仕事の結果に直結しないように思える時間を過ごすのは、もったいない、と感じる人もいるでしょう。ですが50年、60年と働き続けることを考えたときに、「Well-Being」の時間を意識して取り入れることは欠かせません。

 経営者の働き方を支えるエグゼクティブコーチという職業があります。彼ら/彼女らの仕事の一つは、「経営者に休みの予定を入れさせること」みたいです。こうした「攻めの休暇」によって、Well-Beingの時間を創りだす。その結果、長期的に高いパフォーマンスでWell-Doingできるようになります。

 3年先も見えないと言われる変化の激しい時代の中で、私たちの平均寿命はのび続け、「人生100年時代」に突入しています。定年は75歳ぐらいまで伸びていく可能性があるとすれば、40歳の方でも、まだ30年以上は働くことになります。

 そんな時代に、私たちはどのようにしてハードな(質の高い)仕事を成し遂げつつも、長い人生をよりよく生きればいいのでしょうか。

 それを私なりに一生懸命、知恵を絞って考えてみました。

 さて、ようやく準備が整いました。いよいよ本編を始めていくことにしましょう。

 この本が読者のみなさんにとって、フルライフの〝重心〟をつかむ一助となれば、とてもうれしいです。

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はじめに どうしたら一度きりの人生がフルになるのか
1章 仕事人生の重心は、すべて「信頼」にある
2章 生産性の重心をとらえる3つの「時間軸」
3章 創造性の重心は「大局観」にある
4章 人生100年時代の重心は「実りの秋」にある
5章 真のWell-Beingとは「自分らしさ」の先にある
おわりに 新しい時代の重心は「私たち」である