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歌い手史を作るプロジェクト

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#ボーカロイド

【歌い手史2018~20】そして歌い手はいなくなる 天月の葛藤 歌い手の終焉【歌い手史を作るプロジェクト】

【歌い手史2018~20】そして歌い手はいなくなる 天月の葛藤 歌い手の終焉【歌い手史を作るプロジェクト】



◆革命のライブ

 2019年6月、埼玉県所沢市の西武ドーム。

 外では雨が降りしきる中、まふまふが主催するライブ「ひきこもりでもフェスがしたい」は、終幕を迎えようとしていた。

 訪れた約4万人の観客の視線がアリーナとスタンドから、15人の人間が立つステージに注がれる。

 まふまふ、天月、Eve、Sou、そらる――まふまふと彼が「歌い手の友だち」と呼ぶ15人は一様に疲れた表情をしながら、

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【歌い手史2011〜13】歌い手はボカロと手を取り合った ”兼業クリエーター”の時代【歌い手史を作るプロジェクト】

【歌い手史2011〜13】歌い手はボカロと手を取り合った ”兼業クリエーター”の時代【歌い手史を作るプロジェクト】

 2013、14年ごろ、「2ちゃんねる的価値観に沿った歌ってみたを、ニコニコ動画に投稿するユーザー」から「ボカロ曲をいわゆるJ-POPのように歌うユーザー」へと変化を果たした歌い手たちは、数字の上では順調に成長を続けていた。

 2010年から2013年ごろまでは、のちにボカロブームだったと語られるほど、ボカロ文化の人気が高かった。大手紙でボカロが取り上げられる回数も、この時期に急増している。

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【歌い手史2011〜13】歌い手”第2の意味”の成立 りぶのヒット 「俺達の文化」の消滅【歌い手史を作るプロジェクト】

【歌い手史2011〜13】歌い手”第2の意味”の成立 りぶのヒット 「俺達の文化」の消滅【歌い手史を作るプロジェクト】

 アンダーバーの「パンダヒーロー」騒動などで露わになった歌い手観の対立は、時を経るにつれて、徐々にその趨勢が明らかになっていく。

 対立が顕在化し始めた2010、11年は、まだ両者は拮抗していた。ボカロ楽曲をシンプルに歌うばかりの歌い手もいれば、ネタ的な歌ってみたばかりを投稿する歌い手もいた。

 両者が共存し、ある種の多様性があった。
 
 しかし2013年ごろから、目に見えて均衡が崩れ始めた

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【コラム】それは楽器か歌姫か ボカロを巡る2つの視点 歌い手を求めた人々【歌い手史を作るプロジェクト】

【コラム】それは楽器か歌姫か ボカロを巡る2つの視点 歌い手を求めた人々【歌い手史を作るプロジェクト】

「歴史家による事実の選択ならびに整理を俟って初めて歴史的事実になるもの」

 筆者は以前、歴史家E・H・カーのこんな言葉を紹介しました。そして同時に、それは重要な事実を省いてしまう危険もはらんでいるとも書き添えました。

 ですが先に書いた文章で、筆者はまたもそのリスクを犯してしまいました。

 具体的には、これらの部分です。

 筆者はボカロ側というワードを連呼し続けました。くどいくらいに使いま

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【歌い手史2009,10】歌い手観の対立 パンダヒーロー騒動が可視化したもの【歌い手史を作るプロジェクト】

【歌い手史2009,10】歌い手観の対立 パンダヒーロー騒動が可視化したもの【歌い手史を作るプロジェクト】

 歌い手とボカロの出会いは幸福なことだった——と、筆者は思う。

 彼らはともに手を取り合ってネットの音楽シーンを変えていったし、そもそも歌い手の発展はその出会いが無くてはなされなかっただろう。

 だが、その裏で泣いた者がいることも忘れてはならない、とも思う。

◆メジャーへの進出

 2010年ごろから、歌い手たちのもとに、うれしい知らせが舞い込み始める。

 歌い手たちが、CDデビューを果た

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【コラム】”歌い手”と歌い手との関係は?【歌い手史を作るプロジェクト】

 
 著名な歴史家のE・H・カーは、歴史とは「歴史家による事実の選択ならびに整理を俟って初めて歴史的事実になるもの」(E・H・カー『歴史とは何か』(岩波書店、1962年)だと言います。

 要するに、書くべきことと書くべきでないことの取捨選択をすることこそが歴史家の責務だと、カーは主張しています。

 しかし一方で、それは細部を省きすぎてしまう恐れもはらみます。

 たとえばこの文章。

 この文

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歌い手の意味って何だろう?という至極単純な問いに誰も答えられない【歌い手史を作るプロジェクト】

歌い手の意味って何だろう?という至極単純な問いに誰も答えられない【歌い手史を作るプロジェクト】

 歴史は記録されることによって、初めて歴史となる。その言葉が本当だとするならば、これは“歌い手”と呼ばれる存在の歴史を作る作業なのだろう。

 かつて歌い手と呼ばれていた存在、という方が正確だろうか。

 ネットの大海に漂う名も無き活動者から始まり、彼らは徐々にメジャーシーンへ羽ばたいていった。音楽チャートにもランクインするようになり、2021年には東京ドーム公演まで成し遂げる。

 その軌跡は、

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