すてきな思い出づくりにこだわりすぎたあまり、修学旅行のルールを変えた、中3のときの話
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すてきな思い出づくりにこだわりすぎたあまり、修学旅行のルールを変えた、中3のときの話

#みらいの校則 」お題がはじまった!noteの公共教育担当ディレクターとして、わたしもこのお題で書いてみたいとおもう。

しかし‥アラフォーにもなると、校則と言われても、どんなものがあったか全く思い出すことができない。

「中3にならないと、ジャージのチャックを全開にしてはいけない」「部活で先輩より先に水を飲んではいけない」こういう生徒同士のなぞルールは思い出せるのだけど‥

ただ1つだけ、自分が動いてルールを変えた記憶がある。中学のとき、修学旅行のルールを変えたことだ。

生涯一度も学級委員もやったことがないのに、なぜかわたしは修学旅行実行委員長になり、納得できなかった持ち物のルールを変え、学年全員で夜の町にくりだす肝試し企画を通した。

あの頃を思い出しながら、これからの学校のルールについて考えてみたいと思う。

すてきな思い出づくりには整髪料が必要だった

はっきりとは覚えていないのだが、中3当時のわたしは、異常なまでに修学旅行のすてきな思い出づくりにこだわっていたのだと思う。

修学旅行の持ち物ルール「整髪料禁止」が、とにかく納得できなかった。

普段学校に行くときは、家で整髪料を使って髪型を整えることは禁止されていなかった。それがなぜ修学旅行になると禁止されるのか‥!すてきな思い出をつくるには、髪型をちゃんと整えることからでしょ!と憤った。

いや、今となっては先生の気持ちもわかる。当時の中学は1学年5クラスあった。1クラス40人くらいいたのかな‥200人もの中学生の引率なんて、正直大変すぎる。

生徒が派手な髪型にして旅先でからまれたらどうしよう、とは考えると思う。引率の人手にも限りがあるわけで、なるべくトラブルになりそうなことは避けたいはず。「とりあえず整髪料とかは禁止」としておきたくなる気持ちもわかる。

もしくは、単に「昔からそうだったから」というだけだったのかもしれない。正直、先生たちからすると「整髪料って、え、そんなに重要だった‥?」という、びっくりポイントなのではないか。あえて変える必要性を感じなかっただけかもしれない。

でも、修学旅行ではおしゃれがしたいのだ。おしゃれして、かわいい姿・かっこいい姿で写真を撮りたいのだ。

すきなひととの距離が一気に縮まるかもしれないのだ。そういうチャンスがゴロゴロしているのが修学旅行なのだ。ぜったいに、自分的に1番いい感じの見た目で旅行がしたいのだ。

旅行中はワックスで髪型セットしたいでしょ!!

わたしはなぜかそこに当事者意識を燃やした。

修学旅行実行委員長に立候補し、「整髪料を持っていっては行けないルールは納得できないと」交渉を開始した。先生からしたら、そんなキャラだったあなた?って感じだったと思う。

たしか、こういうようなことを提案したと思う。

●学校に行くときはOKなのに、修学旅行だけ整髪料NGの理由が分からないので納得できない
●禁止するなら、学校でNGの髪型は旅行中もNGというルールにしてほしい
●例えばツンツンの髪型にするケースが不安ならハードスプレーはNGと限定するのはどうか

我ながら2つ目の「禁止すべき事項を変える提案」はヒットしたように思う。学校ではOKなのに旅行中はNG、というルールに正当な理由をつくることはなかなか難しい。髪型に関する注意事項を設ける提案は、先生たちも取り入れやすかったかもしれない。たぶん。

整髪料の問題をこうしてクリアした。
映えはいつでも重要だ。

合法的に特別な夜の思い出をつくりたかった

当時のわたしは、もっと思い出をつくりたかった。写真だけよくても物足りない。もっともっと、特別な思い出をつくたいと考えていたのだと思う。

修学旅行の特別な思い出といったら、夜だ。

しかし、修学旅行生の消灯ははやい。消灯後も部屋では恋バナやらが続くわけだが、先生たちの監視(?)をくぐり抜ける非合法な思い出だ。なんとか合法的な企画で、もっと特別な思い出をつくれないだろうかと考えた。

それが、肝試し。

夜外を出歩けたら、めちゃくちゃたのしいでしょ!!

ホテルの近くに池があったので、その池にまつわる怪談話をオリジナルでつくった。学年を2グループに分け、怪談話を聞いたあとに、班ごとに夜のまちに繰り出すというサイクルがまわるように設計した。

怪談話は、1番怖い体育の先生に朗読してもらうことにした。旅行で浮足立ったみんなが、1か所に集まって、静かに話を聞くとは思えなかったからだ。シーンとした状態で、集中して話を聞かないと、怪談は怖くない。生活指導も担当していて、だれもが1番怖いと思っていた先生ならば、浮かれ気分のみんなもおとなしく話を聞くと考えた。

肝試しコースには、お化け役の生徒が待っている。家から浴衣を持ってきてもらう気合いの入れよう。着付けができる先生に協力してもらった。

そもそも整髪料も禁止だったのに、おばけの唇から血の気をなすコンシーラーや目の周りを青くするアイシャドウまで持っていった。もはやこれらがなぜOKになったのかは覚えていない‥企画ありきだったので、禁止する必要がなかったのだろうか。

なんだかこうやって思い出してみると、すごくいい先生たちだな‥生徒の自主性を応援してくれたんだろうなということがめちゃくちゃわかる。通っていたのは地方の公立中学でした。

修学旅行の最後に、駅の前に集まって解散式があった。先生たちの長めの話のあとに、実行委員長からの一言という時間があった。

自分の情熱や想いを語りたい気持ちも少しはあったけれど、いかんせん、みんなはしゃぎ疲れていた。長い話を聞くのはつらい。

「みなさん修学旅行おつかれさまでした!じゃあこれで解散!」と、一言で終わらせた。

学年全員の拍手と歓声があがった。

これを、すてきな修学旅行を企画した実行委員への賛辞だと思っていたけれど‥

いま思うと、「はやく家に帰りたいから、一言で終わらせてえらいぞ!」という賛辞だったような気がする。

校則は変わり続けるものだ、という新しい当たり前

ルールはある。
どうしても必要なルールもある。

でも、納得できない理由と改善案を提案すれば、無視されることはあまりないように思う。それでも変えられないときは、きっとそこにはちゃんと変えられない理由がある。すぐ諦めたり不満に思うのではなく、その理由をまた聞いてみればいい。

そうやってくり返す対話の先に、さらに他の改善案が見つかるかもしれないし、ルールに納得がいくようになるかもしれない。

みらいの校則は、そのときそこにいる生徒たちや先生が1番必要だと思うルールに、対話を通じてつくりかえることができる。そうやって毎年「つくりかえる校則」。それが当たり前の世の中はどうだろう。

結構いいのでは?とおもう反面、やっぱり先生たちが大変すぎるかも‥

だからこそ、やっぱり、教育を学校に丸投げしない、だれもが教育の担い手になる社会にしたい。

*いま学生のみなさんも、わたしのようにかつて学生だったみなさんも。ぜひハッシュタグ「#みらいの校則 」をつけて、ワクワクする校則のアイデアをnoteに投稿してみてください!


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