見出し画像

Agust D "Agust D" 復讐の狼煙が上がる 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.092

k-popというカテゴリーに
俺を押し込めるにはサイズが違う

Agust D


新しいモノだと呼ばれる俺
新手が来たと重荷プレッシャーを受ける
全世界を股にかけた コンサート
割とカネのかかるアシアナ航空便
もし お前にも才能が有れば
俺の新しいモノになれるのに
勤務怠慢な兄貴たちとは違う
有名人の下剋上 この野郎
強い奴だけ かかってこい

或る人は言う
俺がこのポジションを
簡単に手に入れたのだ、と
クソったれが
成功と
そこから程遠い兄貴たちとの間で
俺は 目の上のこぶだね
正直サイハヌウォルは恥ずかしい
今では一年に50万枚売る
K-popというカテゴリーに
俺を押し込めるにはサイズが違う

そう 前に行きたいのなら
ファーストクラスを抑えてみろ
俺の席はビジネス
お前はエコノミー
一生 俺の後ろさ ざまあ見ろ
次の目標はビルボード
ブラジルからニューヨーク
なかなか休む暇の無い
俺の パスポート

AからG そしてUからSTD
俺はd boy
何故なら DDaeguから来たからさ
俺は狂人 ビート上の異常者ルナティック
ラップでイかせる俺の舌さば

AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
イかせる俺の舌捌き

俺は 真似るのを真似る奴を捕まえて
後輩だろうが先輩だろうが始末する奴
俺がクズだろうが ひどい奴だろうが
ニセモノだろうが 歴史を床に刻む奴
面白くもないラッパー共の間で また
いつも奴等より更に巻き上げる分け前
俺が売れているお陰で
生業なりわいを奪われる兄貴たちの妬み
嫉妬のせいで生じる騒音

Hey ho
俺はクソでも気にしない
お前が無意味に無駄なことをする時
お前が掘った墓にお前を
簡単に生き埋めにするね
Hey ho
お前らは 俺の手に負えない
ヤク漬けの多くのラッパー共
俺が アイドルということに
感謝することを望むさ

俺は 忙しいからな
俺は四六時中忙しい
休みが何だってんだ
既にチャンスを逃した似た者同士で
失業してくれることを望むよ
妬みと幼稚さだけが残った子らの叫び
何が重要かがわからない
パリからニューヨークへ 畜生
休む暇のない俺のスケジュール

AからG そしてUからSTD
俺はd boy
何故なら DDaeguから来たからさ
俺は狂人 ビート上の異常者ルナティック
ラップでイかせる俺の舌の妙

AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
イかせる俺の舌捌き

すまねぇな 本心さ 謝るよ
お前の生業を奪うのは俺だから
俺が謝るよ 坊や
すまねぇな
込み上げる怒りは留めておけよ
唯一の資産である健康を失えば
お前の母さんが気を病まれるよ

すまねぇな 転職しろよ
無駄なことをするのは
普通のやり方じゃない
転職しろよ 坊や
すまねぇな 本心さ 謝るよ
お前というラッパーが
俺より下手なことに向き合えよ

AからG そしてUからSTD
俺はd boy
何故なら DDaeguから来たからさ
俺は狂人 ビート上の異常者ルナティック
ラップでイかせる俺の舌捌き

AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
イかせる俺の舌捌き

AからG そしてUからSTD
俺はd boy
何故なら DDaeguから来たからさ
俺は狂人 ビート上の異常者ルナティック
ラップでイかせる俺の舌捌き

AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
AからG そしてUからSTD
イかせる俺の舌捌き


韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6195258
"Agust D"
作詞: Agust D, James Brown, Betty Jean Newsome
作曲: Agust D, James Brown, Betty Jean Newsome


*******


今回は、SUGAがAgust D名義で2016年8月にリリースした初のミックステープ「Agust D」収録のタイトル曲 "Agust D" を意訳・考察していきます。

アルバムタイトル、表題楽曲タイトル共にソロ活動名義である「Agust D」を採用している上に、歌詞では丁寧に綴りを分解して並べていたりと、この〈(SUGAに続く)二つ目の活動名〉に対する彼の並々ならぬ愛情を感じざるを得ない楽曲 "Agust D"。

2023年4月、Agust Dによる3枚目のアルバム「D-DAY」のリリースとワールドツアーが始まるタイミングで、ナムさんがホストを務めた「R취타」にてその名前の由来と名乗りの経緯を明かしています。↓

故郷の街の名大邱テグ=「Daegu Town」と「SUGA」を足して逆から読んだというDT SUGAAgust Dの名。
実は、2016年8月の「Agust D」発表から遡ること丸2年、2014年8月リリースのBTS正規アルバム第1集「DARK & WILD」に収録された "BTS Cypher, Pt.3: Killer" の歌詞で(意図的に)ティージング(=焦らし公開)した、と話していることからも、かなり前から温めてきた愛着のある名前であることがわかります。


1.新しいモノ

歌詞に登場する「싸이하누월サイハヌウォル」。翻訳しても意味が出てこない理由は、それが彼の耳に聞こえたままのただの「音」だからです。

많은 분들이 싸이하누월이 무슨뜻이냐고 물어보셨는데 아무뜻없습니다
(たくさんの方々がサイハヌウォルが何の意味なのかと聞いていましたが、何の意味もありません)
그냥 샘플링한 부분 들리는대로 받아쓴거에요
(ただサンプリングした部分を聞こえるままに受け取って書いたものです)
――2013年10月29日 @BTS_twt SUGAの投稿より抜粋

https://twitter.com/BTS_twt/status/394846274697977857?s=20

"싸이하누월サイハヌウォル" は、ユンギが自作のビートに自分でしたラップを乗せた音源としては史上初のミックステープ曲で、2013年10月に公開されました。歌詞にはAgust D作品ではお馴染みの「d boy」というフレーズが登場しており、「アイドルとしてデビューした自分」と「ラッパー/ミュージシャンとしての気概」の狭間で沸々と煮えたぎる葛藤が綴られています。

デビュー直後に世間から受けた「アイドルラッパー」に対する批評が原動力となっているこのテーマはこの後何度も何度も各楽曲の中で語られていくことになるのですが、この "싸이하누월サイハヌウォル" はその原石とも言えるかもしれません。

そんな "싸이하누월サイハヌウォル" を「正直ハズい」と振り返っているAgust D。当時の歌詞で「デビューアルバム(「2kool 4skool 」)を3万枚売っている」としてマウントを取っていたところを "Agust D" では「年間50万枚売る」と更に大きく打って出ています。↓

デビュー直後の心境をつづった楽曲と言えば、"싸이하누월サイハヌウォル" の約3か月前に公開された "Born Singer"。ユンギのパートには故郷「大邱」の名と共に当時の現在地である「アイドルとラッパーの間の境界」という表現が並びます。↓

前出の「R취타」で、ミクテ「Agust D」を作業して発表した2015~2016年頃(アルバムリリースでいうと花様年華三部作のあたり)が「記憶したくないくらい大変な時期」であったと振り返るユンギ。
CDを年間50万枚売る裏で、その成功に対して嫉妬する先達からは「そのポジションを手に入れるのは簡単だっただろ」と努力を軽んじられる。
当時はそれらに対して「恨みのような感情があった」とし、アイドルとして活動しながらも「自分がどれだけ生の音楽ができるのかを見せてやろう」とした、と、ミクテ「Agust D」の制作に至ったモチベーションの在り処を示しています。

Agust Dと自ら別の名を名乗ることで、中途半端だと揶揄されながらもアイドルとラッパーの狭間で生き抜く自分を「new thang(新しいモノ)」だと言ってのけることができたのではないかと私は思います。

They call me new thang 신병 왔다 짐을 받어 ※1
(彼らは俺を新しいモノと呼ぶ 新手が来たと重荷を受ける)
Whole world, concert 꽤 먹히는 Asiana Asia
(世界中 コンサート 割り合いカネがかかるアシアナ航空)
You could be my new thang 근무태만 형들 과는 달러 ※2
(お前は俺の新しいモノになるかもしれない 勤務怠慢の兄貴たちとは違う)
유명인의 하극상 damn 쎈 놈만 덤벼
(有名人の下克上 畜生 強い奴だけかかってこい)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6195258

※1
thang…thingの黒人訛り。既にある流行や人気がある動きを表すスラング(参考1参考2
(thingではなくthangを使うことでよりポジティブな印象、もしくは、他とは違う/一目置かれているという「タダモノではない」感を加味しているのかもしれません)
・신병…新兵、新手(参考
・짐…荷物、負担となること・お荷物(参考

※2 couldの用法「(もし○○なら)△△できるのに」を当てはめると、「(もしお前に才能があったら)俺の新しいモノになれるのに」となりますが、実際には「お前らには才能がない」と突き付けている内容なので、「お前は俺の新しいモノにはなれない」という逆説的な表現であることが推測できます。


2.俺は狂人ルナティック

まだ私がバンタンの歌詞を数曲しか訳せていなかった頃、読んだそばから脳内に景色が広がって感動したのが "Save ME" のユンギパートでした。

오늘따라 달이 빛나 내 기억 속의 빈칸
(今日に限って月が輝く 俺の記憶の中の空白)
날 삼켜버린 이 lunatic
(俺を飲みこんでしまったこの狂気)
please save me tonight
(今夜 どうか俺を救ってくれ)
―― "Save ME" SUGAパートより

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/4714593

ここに登場する「lunatic」という言葉が、月光の描写と相まってものすごく印象深かったのを覚えています。

その「lunatic」が "Agust D" の歌詞に登場するのが以下の場面。

난 미친놈 비트 위의 루나틱※3
(俺は狂人 ビートの上の精神異常者)
랩으로 홍콩을 보내는 my tongue technology ※4
(ラップで香港に送る 俺の舌の技術)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6195258

※3 루나틱=lunatic…精神異常者(参考
「luna」はラテン語で「月」の意(参考

※4 홍콩간다(香港に行く)(参考
この「香港~」のくだりもまた、当記事冒頭で取り上げた "BTS Cypher, Pt.3: Killer" で「Agust D」の名と共に既出です。

彼が自らを「狂人」と表現する理由を作品の中に見出すとすれば、それは "마지막(The Last)" で触れられている「精神科を受診した」経験がそのひとつに挙げられるのではないかと思います。
また、"Stay Alive" の主人公は「lunatic」を抱えた本人そのものと言えるのではないかと思います。

後に「狂う」という行動は "ON" の歌詞の中で「狂わない」ための方法として進化していきますが、ユンギが自身の過去を振り返る時の「狂気lunatic」は、まだしっかりと自己制御しきれていない暴力的な力として描かれています。

彼が新たな二つ名を敢えて名乗ってまでさらけ出さずにいられなかったものは、この「狂気」のありのままの姿であり、"Save ME" で触れられた部分はその氷山の一角であったことがわかります。


3.復讐の狼煙のろしが上がる

楽曲 "Agust D" の歌詞には躊躇なく先達を見下した挙句全力でコテンパンにする表現が後半に向かって畳みかけるように登場します。
ここに至るまで相当の屈辱を味わってきたであろう彼が、正攻法である「ラップ」で復讐の狼煙を上げた瞬間です。

まさしく「하극상(下克上)」。
歌詞の内容に身に覚えのある人はどんな思いでこれを聴くことになったのか、想像するだけで血の気が引く思いです。

また、当時まだ二十代前半という年齢でその名を冠した楽曲に刻み付けられたこれらの感情に対する彼の覚悟を思うと正直いたたまれません。

Agust D三部作のはじまりの歌、"Agust D" ……今後更に何十年も続くであろう彼のキャリアを語る上で、何年経っても絶対に外すことのできない楽曲として語られてゆくことでしょう。
そのうちもしかしたらサイハヌウォルのように「正直恥ずかしい」なんて、本人が振り返ることになる未来もあるかもしれません。



今回も最後までおつきあい下さり、ありがとうございました。
🌑