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BTS "Blue & Grey" 憂鬱に打ち克つためのうた~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.018

大丈夫って言わないで
大丈夫じゃないから
どうかひとりにしないでくれよ

Blue & Grey


どこにいるの?僕の天使様エンジェル
一日の終わりをもたらした

誰か来て
お願いだから助けて
疲れ切った日の溜息ばかり
周りはみんな幸せそうだ

君には僕が見える?
だって僕は青と灰色
鏡に映る涙の意味は
笑顔に隠れた僕の色
青と灰色


どこから間違えたのかよくわからない
幼い頃から僕の頭の中には青い疑問符
どうしてかそれで
壮絶に生きてきたのかはわからないよ
でも、後ろを振り返ると
ここにぼんやり立ち尽くす僕を
呑み込んでしまう あの
ぞっとする程鋭く光る影

今も尚有る 青い疑問符は
果たして不安なのか、憂鬱なのか
もしかして本当に後悔の動物なのか
それとも孤独が生んだ僕なのか

依然としてわからない
ぞっとする程 鋭く光る青
侵食されない事を願う
見つけるつもりだ 出口を


僕はただ、
もっと幸せになりたいだけなんだ
冷たい僕を溶かしてくれよ
幾度となく差し出したこの手
色彩無き木霊が響く

ああ、ひどく重たく感じる足取り
ひとりで歌っている僕
僕はただ、
もっと幸せになりたいだけなのに
これも欲張りだと言うのだろうか


寒い冬の街を歩く時に感じる
加速する心臓の息づく音を
今も 感じたりするよ

大丈夫って言わないで
大丈夫じゃないから
どうかひとりにしないでくれよ
ものすごく 痛い


いつも歩く道といつも浴びる光
でも今日は何故か見慣れぬ景色
僕の感覚が鈍ったのかな
街が壊れでもしたのかな
それでも重いと言えば重いのが
この 鉄の塊なんだ

近づいてくる灰色のサイ
虚な僕は突っ立っている
僕らしくない この瞬間
何とは無しに怖くはない


僕は確信という神など信じないよ
鮮やかに彩られた言葉は照れ臭い
広いグレーゾーンは居心地がいい
ここには数億種類の顔を持つ灰色
雨が降れば世界は僕のもの
この都会を舞台に踊るんだ
澄み渡る日にはあえて霧を
濡れそぼる日には常に共に
ここで全ての塵どもの為に
祝杯を


僕はただ、
もっと幸せになりたいだけなんだ
僕の手の温もりを感じてくれよ
温かくないから君がもっと必要だよ
ああ、ひどく重たく感じる足取り
ひとりで歌っている僕
遠い後の世に
僕が笑えていれば言うよ
「そうだった」って


虚空に漂う言葉を
こっそり拾い、口にしたら
もう夜明けの眠りに就くね

おやすみ


韓国語歌詞はこちら
https://music.bugs.co.kr/track/32075137

『Blue & Grey』
作曲・作詞:Jisoo Park(153/Joombas) , Levi , V , Hiss noise , SUGA , RM , j-hope , Metaphor


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今回は、2020年11月にリリースされたBTSのフルアルバム第5集「BE」収録の "Blue & Grey" を意訳しました。

私がこの曲の歌詞を理解したいと思ったきっかけは、先日(2021/10/24)開催されたPERMISSION TO DANCE ON STAGE[ONLINE]です。曲自体は既に何度も聴いてはいたし、MTV Unpluggedも視聴済みだったのだけど、ライブでの演出が余りに印象的だったので和訳に取り掛かりました。

奇しくも、このライブでは予定していたパフォーマンス内容を変更せざるを得なくなってしまったVの手による曲ということで、訳している間も色々と思う所がありました。

ここからは、より深く歌詞の内容を考察していこうと思います。



1.憂鬱に打ち克つために作った曲

「BE」リリース時の公式動画では、元々自身のミックステープにこの曲を入れる予定だったというVがSUGAのインタビューに答える形で制作時の詳細を語っています。

そしてこちらはweverse magagineの「BE」カムバック・インタビュー。

構成要素をどう切り取ってもメランコリックなこの曲は、テテ本人が「一番辛かった時に作った曲」と振り返ると同時に、曲を完成させた達成感によってその憂鬱を克服できたとも語っています。「憂鬱に打ち克つために作った曲」と明かす彼の表情は清々しいのですが、まるで中表に返した身体が外気に晒されているかのような痛みを伴う言葉たちが、この歌詞には終始並んでいます。

テテがインタビュー中、普段選択を迫られた時に心の中で相談を持ち掛ける存在を「천사님(天使様)」と呼んでいたので、今回冒頭の「Where is my angel」部分の意訳に盛り込んでみました。
「하루의 끝을 드리운(一日の終わりを垂らした)」は「드리운」が드리우다(垂らす)の連体形なので文ごと倒置されて「天使様」にかかってきます。

ーーーーーーーーーー
聞いてもらいたい話があるのに、
天使様、あなたは
一日を終わらせるだけ終わらせておいて、
どこに行ってしまわれたの?
ーーーーーーーーーー

…という切ない呟きからこの曲は始まります。


2.Blue

ユンギが担当したラップパートはタイトルにある2色のうちの「青」が表現されている部分です。リリック中には「青」に関する言葉として「파란색 물음표(青い疑問符)」が登場します。

この「青い疑問符」については、様々な可能性を挙げてその正体に迫ろうとする主人公の葛藤が書かれています。不安、憂鬱、後悔、孤独…そのどれもが答えにならず、未だにそこに有る疑問符に正気を侵されない事を願い、出口を探ろうと試みています。

幼い頃から自分の中にずっと存在し続けているというこの正体不明の疑問符は、「青」に関連する言葉でこう表現されています。
※以下、引用に付けた和訳は直訳

나를 집어삼켜버리는 저 서슬 퍼런 그림자
(僕を呑み込んでしまうあの鋭い刃 青い影)

https://music.bugs.co.kr/track/32075137

여전히 모르겠어 서슬 퍼런 블루 
(依然としてわからない鋭い刃 青い青)

https://music.bugs.co.kr/track/32075137

「퍼런」は퍼렇다(青い)【形容詞】の連体形です。そしてこの퍼렇다は、特に恐怖や驚きを感じた時の血の気が引いた状態=「青ざめる」の「青」が表現されている単語とのことです。
ここに「서슬(刃物の鋭い部分)【名詞】」が加わることで、得体の知れない相手に「鋭い(刃)」という実体を持たせています。

以上を踏まえて整理すると「正体不明の何者かに狙われ暗闇で光る切っ先を前にして怯えている」、そんな景色が目に浮かびます。そこで私は「서슬 퍼런」を「ぞっとする程鋭く光る」と意訳しました。

結果「서슬 퍼런 그림자」が「ぞっとする程鋭く光る影」という表現になり光と影に矛盾が生じましたが、かえって不気味さを含んだフレーズになったのではないかと思っています。


3.Grey

一方、ホビとナムさんのラップパートは「灰色」を表現しています。

■灰色のサイ
ホビのリリックに登場する「灰色のサイ」については、以下のような記事が残っています。

ミシェル・ワッカー氏による該当ツイートがこちら。

そして「灰色のサイ」の引用に関するホビの発言は「BE」個人インタビュー動画のJ-hope版にテテからの質問に答える形で収められています。

「灰色のサイ」という一見何の変哲もない単語は、金融の分野でリスク提言の為に使われている言葉でした。こちらには「黒い白鳥」とセットで解説されています。ブラックスワンも経済用語だったのか…とまたひとつ賢くなったところで、もう少しホビパートを詳しく読みこんでいきたいと思います。
※以下、引用に付けた和訳は直訳

늘 걷는 길과 늘 받는 빛
(いつも歩く道といつも浴びる光)
But 오늘은 왠지 낯선 Scene
(でも今日はなぜなのか見慣れない景色)
무뎌진 걸까 무너진 걸까
(鈍くなったのかな 崩れたのかな)
근데 무겁긴 하다 이 쇳덩인
(それでも重いと言えば重いのはこの鉄の塊である)
다가오는 회색 코뿔소
(近づいてくる灰色のサイ)
초점 없이 난 덩그러니 서있어
(焦点の合わない僕はぽつんと立っている)
나답지 않아 이 순간
(僕らしくないこの瞬間)
그냥 무섭지가 않아
(なんとなく恐ろしくなるようで恐ろしくならない)

https://music.bugs.co.kr/track/32075137

「灰色のサイ」とは「起こるとわかっている問題が軽視されてしまうリスク」を指す言葉です。灰色というキーワードについて調べていくうちに出会ったという経済用語を歌詞に取り込むにあたり「ただ似合いそうだから使うのではなく、ちゃんと理解した上で使わなければならない」とホビがインタビュー動画で語っています。

以上を踏まえて、私は以下のような解釈をしました。

ーーーーーーーーーー
「きっと気のせい」と心配を放置することで、
知らない間に自分が無理をしていることにすら
気が付くことができなくなってしまい、
行き先すら見失っている内に状況は
取り返しがつかない状態になっている。
麻痺した心では満足な恐怖も感じられず、
ただ自分らしくない自分がそこにあるだけ。
ーーーーーーーーーー

「このぐらい平気」と思ってやりすごしている身近なストレスが、いつしか心だけではなく体までもを蝕む程の絶望的な鬱状態を引き起こす、という、正に「灰色のサイ」の元々の定義に重なるような構図になりました。

このパートで用いられている言い回しも、本心から目を逸らしている主人公の気持ちを表すような「気持ちのブレ」を含んだ表現が見られます。
・~긴 하다 (「あるにはある」「するにはする」)
・~가 않다 (「~そうで~ない」という機微)

また、インタビュー動画中でホビは、アーティストとして「先の見えないリスクを知った上で背負う事を決めたから怖くない」とし、それらのリスクに立ち向かって見せるという意味をこの「灰色のサイ」の引用に込めていると語っています。

「灰色のサイ」は憂鬱に打ち克つためにまずは憂鬱を感じている自分の状況を理解し、そして乗り越えよう、というメッセージなのだと私は受け取りました。


■グレーゾーン

ナムさんのリリックには、「회색지대(灰色地帯=グレーゾーン)」というキーワードが登場します。

「회색지대가 편해(グレーゾーンが楽だよ)」という部分です。
このグレーゾーンにまつわる表現は、"My Universe" の歌詞にも似たものが用いられています。"My Universe" では「어둠이 내겐 더 편했었지 길어진 그림자 속에서(闇の中が僕にはより楽だったんだよ。長くなった影の中で)」とテテが歌唱しています。

それではこのグレーゾーンとは、一体どのような領域なのでしょう。
そもそも灰色とはどんな色なのか。

数値的な話をすると、モニター等の光の色であるR(Red)G(Green)B(Blue)値では全ての値を同値にするとグレーになります。印刷で使われるC(Cyan)M(Magenta)Y(Yellow)K(Black)値ではCMYにおいて同値を与える(絵具でいうと赤青黄を同量混ぜる)とやはりグレーになります。K(Black)の値は単独で増減させる(絵具でいうと白と混ぜる)ことでグレーを作る事ができます。
上記のような混色をすれば、人間の目が判別できる範囲を優に超える数のグレーは簡単に作り出すことができます。まさに「수억 가지 표정의 Grey(数億種類の表情のグレー)」。

つまり、個々の色の特徴を捨て、他と混ざり合った状態がグレーということになります。

ナムさんは、このグレーの状態を一個人の集合体である「大衆」に当てはめているのではないでしょうか。そして、大衆と対極にある「トップアーティスト」として広く認知された自分たちが感じざるを得なくなってしまったプレッシャーや憤りから発生する憂鬱について、どう感じているか、どう対応していくか…という所をこのリリックで表現しているのだと私は思いました。

個性や能力に対しての(時には行き過ぎる)賛辞を「색재 같은 말(色彩みたいな言葉)」とし、それを「간지러워(気恥ずかしい)」、グレーゾーン(大衆)の中に紛れる事ができるならその方が楽だ、と言っています。
"My Universe"に出てくる「影の中にいる方が楽」というフレーズも、個性を隠すように影に紛れていた方が(傷つく意見を聞かずに済むので)楽だ、という気持ちを表現していると思われます。

そしてナムパートの後半はちょっと難解なのですが、冒頭の「確信という神を信じない」という表現(신(信)と신(神)を掛けている )が「憶測だけで決めつけてものを言う一部の人間に対するアンチテーゼ」なのかな、という推測より、「祝杯」はそういった一部の人間に対して見せる意志の強さ・余裕の表れなのではないかなと思いました。
※以下、引用に付けた和訳は直訳

비가 오면 내 세상(雨が降れば僕の世界)
이 도시 위로 춤춘다(この都市の上で踊るんだ)
맑은 날엔 안개를(澄み渡る日には霧を)
젖은 날엔 함께 늘(濡れる日には一緒にいつも)
여기 모든 먼지들 위해 축배를(ここで全ての埃のために祝杯を)

https://music.bugs.co.kr/track/32075137

ーーーーーーーーーー
「雨」はARMYの声。
雨が降る街で僕らは自由に踊る。
晴れてしまったと思う時でも、
ARMYの声は霧のように僕らを包み込み、
そして潤している。
ARMYと共に、全ての者たちに対して
喜びと尊敬を捧げよう。
ーーーーーーーーーー

グレーゾーンはセイフティーゾーンにも成り得るかもしれませんが、同時に、グレー(無名)であることを利用して周りを攻撃する者の存在が残念ながらいることも確かです。そんな一部の人間を「먼지들(ゴミ・埃・塵)」とし、ARMYさんたちと一緒ならそんな者たちの為にだって祝杯が挙げられるほどの強さと余裕が生まれる。

雨の日、都市、霧、埃…これでもかってくらい灰色のイメージの単語が並んでいる点にも、ナムさんの「灰色」を表現するにあたって綿密に練られた意図を感じます。

※2022.04.23 追記
記事を公開してだいぶ経ちますが「Gray(American English)」ではなく「Grey(British English)」であったことにやっと気が付きました。記事中の「Gray」は全て「Grey」に更新しました。テテちゃんはイギリス英語リスペクトなのですね( ..)φ


4.大丈夫って言わないで

ボーカルパートの歌詞は、アルバム収録が決まる前は英語だったものをあらためて韓国語に変更する際、SUGAが書いたフレーズ「괜찮다고 하지 마 
괜찮지 않으니까(大丈夫と言わないで 大丈夫じゃないから)」が採用されたと、前出のテテのインタビュー動画内で語られていました。この一文に感銘を受けたテテは、これを軸に他の部分を書き直したと言っています。

「괜찮아(大丈夫)」と聞くと思い出すのは ”I’m fine” の歌詞。大丈夫、大丈夫と連呼する歌詞を読んで私は、自分が大丈夫じゃなかった時に大丈夫と言っていた時の事を思い出しnoteの記事にも書きました。

辛い、苦しいと声に出す為には、それと同じ分だけ、あるいはそれ以上の更なる痛みが伴うこと。そしてその痛みの全てを理解できるのはどうしたって自分自身のみであること。そういう現実をひとつひとつ丁寧に置いていくことで、きつく堅い結び目を優しくほどいていくような力を持つ歌にこの曲はなっているのだと思います。

「一番辛かった時」を「그랬었다(そうだった)」と振り返る事ができている今のテテがいることに、心から感謝を。


とても長くなってしまいました。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。


💜