見出し画像

映画「東京自転車節」――鬼気迫るリアリティと『空虚』な言葉がこだまする東京

7月25日(日)、大阪の第七藝術劇場で、ドキュメンタリー映画「東京自転車節」を鑑賞した。

主人公はこの映画の監督でもある青柳拓さん。
2021年1月の「美術手帖」誌で「ニューカマー・アーティスト100」に選ばれた新進気鋭の映画監督だ。
そんな青柳監督が撮影したのは「自分自身」。
コロナ感染拡大が日本中で始まった2020年春。
故郷・山梨で運転代行のアルバイトをしていたが、新型コロナウイルス感染拡大により、職を失った。
しかし青柳監督は奨学金の返済を迫られており、何か稼がないといけない。
その時、大学の先輩であり、この映画のプロデューサーの大澤一生さんより自転車配達員の存在を知る。
青柳監督は家族の反対を押しきって、コロナ感染拡大中の東京で「UberEats」配達員として働く決意をする。
そこで青柳監督が見た「ニュー・トーキョー」とは―――

現在、映画公開中なので、ネタバレなしで感想を書く。

リアリティ溢れるドキュメンタリーだった。
ユーモラスなドキュメンタリーを想像していたが、予告編を裏切る、緊迫感あるドキュメンタリーだった。


青柳監督は、途中様々なトラブルにも巻き込まれる。
友達の家に寄せて泊まらせてもらうことがあるが、毎晩のようにいかないので、野宿もした。
友人の加納土さん(映画監督)が「ヤギちゃんなんてさ……貧困層じゃないですか」と指摘されるが、正にそのような生活。
奨学金回収会社からも未払い督促の電話が来る。
明日はあるのか、もしくは、ないのか。緊迫感がわたしを襲った。
青柳監督は生き延びるために、注文のチャイムが「ハイエナ」のように飲食店へ急ぎ、足の感覚がなくなるまで、配達先へ疾走する。
青柳監督の表情も、山梨で愛犬の散歩をしていた時の柔和な表情から、獲物を狙うかのような鬼気迫る表情へと変化していく。

先述の通り、青柳監督は映画監督である。日本映画大学という日本で唯一の映画を専門に学ぶ大学の卒業生である。
しかし映画監督を志す人が、当初から映画監督として裕福に生活しているかといえば、違う。
映画監督を含む文化・芸術のクリエイターの多くはそうだが、雇用が不安定な非正規社員として働きながら日々の糧を得て生活している。
青柳監督も例外ではないことを、体を張って観客に教えてくれている。
そしてUberEatsで働く者の現実は、甘くない。
UberEatsの場合、雇用主と雇用契約を結ぶ「労働者」ではなく、経営者と同義の「個人事業主」扱いになる。
「労働者」と違って、労災保険が出ないし、UberEats用の大きなバッグも自費で購入しなければならない。自転車がパンクしても修理代もでない。

一般的な非正規雇用とは違う、UberEatsの雇用形態が「東京自転車節」を見ると明らかになる。
UberEatsに憧れている人、働き方を知りたい人は、鑑賞しても全く損はしない。青柳監督が体を張って現実を見せてくれる。

そして、もう一つの見どころは2020年春に発せられた初の緊急事態宣言下の東京の様子。
わたしが驚いたのは、配達先の世帯の多くが、ドアを全開にせず、手だけ差し出して、サッと閉める。
そしてドアの近くで置いたままにする「置き配」の多さ。
新型コロナ対策だったり、不審者対策だったりで、そうすると思うのだが、人と人が、いかに交わらないかを「工夫」している東京の人々(もちろん全員ではない)の状況が現れている。

「2m離れて遊びましょう」「三密を避けましょう」「新しい生活様式の実践」……。
安倍晋三首相(当時)、小池百合子東京都知事、そして行政。
彼らが市民に呼び掛ける言葉が、果たして人間の心をもって呼び掛けている「つもり」であっても……、
嘘と欺瞞にまみれた言葉が、意味を成しえないまま、街頭大型ビジョンから「空虚」にこだまする。
この光景は、2021年7月、東京オリンピックが「強行」開催された今とまったく変わっていない。
いや、現状は2020年以上に言葉の「空虚」さが増している。

今も昔も変わらぬ「焼野原」の東京を、青柳監督が、自転車をこいでこいでこぎまくる「労働」を通じて、映画は無言の「問題提起」を観客へ発していくだろう。

多くの映画関係者が絶賛し、メディア取材も殺到している話題のインディーズ映画をぜひ鑑賞していただきたい。

追記
この映画は、スマートフォンとアクションカメラ・GoProを駆使して撮影したという。
スマートフォン撮影で話題になった映画といえば、東海林毅監督作品「片袖の魚」もそうだ。
映画撮影技術も新しいフェーズへ突入したようだ。

【映画「東京自転車節」上映の映画館】
東京|ポレポレ東中野:上映中(7/31以降未定)
大阪|第七藝術劇場:上映中(8/7以降未定)
名古屋|名古屋シネマテーク:7/31(土)より公開予定
他、横浜・川崎・厚木・川越・仙台・京都・佐賀で上映予定