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🎥 The Bookshop

★★★★☆


擦った揉んだありつつも、戦争未亡人の孤独は次第に癒され、偏狭な人々の心は読書を通じて解れていき、書店を舞台に緩やかながらも掛け替えのない絆が結ばれていく物語…なのかと思ったら全然違った!

The Bookshop
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観賞後、真っ先に脳裏を巡ったのは、ハンナ・アーレントによる「全体主義を生みだす大衆社会の分析」。ごく平凡で普通の、なんだったら善良でありさえする人々が、なんの悪意もなく積極的にファシズムに加担し、個を排斥する、その言語を絶する恐ろしさだ。

主人公に感情移入する僕らだって、ややもすればあの街の住民の一人になり得る。この物語は、僕らの中にある卑怯なバランス感覚を暴き出し、同調圧力と戦うだけの胆力と気高さを有しているのかと問いかけてくる。生温い話ではない。

胆力を持たない、あるいは戦うことに疲れてしまったけれど、世間に迎合したくない人は、孤独を選択する。陸の孤島にいながらも、なんとか世界と地続きでありたいという願いを、本(あるいは映画や音楽)は叶えてくれる。書店は、陳腐な言い方かもしれないが、心のオアシスのような場所だ。しかし、旧態依然とした田舎町に書店を作るとなると話は別だ。主人公 Florence Green にとって、世間は砂漠。書店を開くことは砂漠にオアシスを作ろうという試みに他ならず、人生を賭しての戦いだ。オアシスが絶体絶命の危機に瀕したとき、孤独を選び隠遁していた老人 Edmund Brundish もまた戦いに赴く。

彼らの戦いは、残念ながら敗北に終わる。世間を牛耳るおぞましい魔は、ほんの些細で慎ましやかな夢を毀損し、破壊するばかりか、相手が倒れてなお砂を浴びせようとする。舞台は1950年代末、異国の片田舎だが、それは時代と国境を越えて普遍的な真実なのではないかと思う。

この映画は、ぼんくらな良心や淡い成功願望が期待する傲慢なファンタジーを見せてくれない。過度に扇情的なあざといドラマを持ち込んだりもしない。「人生するかしないかというその分かれ道で、するという方を選んだ勇気ある人々の物語」(©️荻昌弘)であるという点で、僕の大好物である ROCKY のような作品だ。戦いに踏み出した度胸だけでなく、敗れても屈しない気高い精神、孤独と孤独が惹かれ合い慈しみ合う様も共通している。ただし、Rocky は最後に観衆を味方につけたけれど、Florence はコミュニティ全体に背を向けられ街を去る。これはいくらなんんでもさすがに辛すぎるだろ…と一瞬落ち込んだのだけれど、ちゃんとカタルシスが用意されていた。

映画の第一幕あたりではナレーションが多く、そのために僕は正直あまり乗れなかった。原作のある映画ではやむを得ない部分もあるのだけれど、説明的な言葉で本筋の余白を埋められるのが苦手なのだ。しかし、それは物語の真の主人公を知らせるための伏線だった。クライマックス(と呼ぶにはあまりに静かな、映画全体の姿勢を象徴するようなシークエンス)で彼女も戦うことを選択するだが、あれって要は暴力革命ではなかろうか。驚愕し、「おいおいそれ大丈夫ですか?」と困惑すると同時に、実に清々しい気分を味わえた。こういうことがあるから「あらゆる暴力は肯定されてはならない」という論には同調し難いんだよな。

演出も演技も素晴らしかった。デフォルメを積極的に排して、物語やキャラクターの立体性を繊細かつ絶妙に描いていたと思う。

ナレーションを担当したイギリスの伝説的俳優 Julie Christie は、作中でBrundish が愛読する Ray Bradbury が著した Fahrenheit 451(邦題:華氏451度)の映画化作品に出演している。

Fahrenheit 451
by Ray Bradbury
Fahrenheit 451
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Fahrenheit 451 は、本によって有害な情報が善良な市民にもたらされ、社会の秩序と安寧が損なわれることを防ぐという(表向きの)理由で、漫画以外の本の所持が禁止されており、そのために庶民は愚民化しているディストピアを描いたSF小説。彼女が演じたのは、世間から浮いているために白眼視される少女 Clarisse McClellan。The Bookshop の文脈ときっちり繋がっている配役だったわけだ。こういった仕掛けも、読書好き、映画好きにはたまらないね。しれっと書いてるが、これは気になって調べたからわかったことであって、Fahrenheit 451 は未読だし映画も未見。「後でリスト」がどんどん膨らんで困っちゃうな。The Bookshop 原作だって当然読みたいし…。

The Bookshop
by Penelope Fitzgerald


  • ★★★★★ 出会えたことに心底感謝の生涯ベスト級

  • ★★★★☆ 見逃さなく良かった心に残る逸品

  • ★★★☆☆ 手放しには褒めれないが捨てがたい魅力あり

  • ★★☆☆☆ 観直したら良いとこも見つかるかもしれない

  • ★☆☆☆☆ なぜ作った?

  • ☆☆☆☆☆ 後悔しかない



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