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絵で読む『源氏物語』これはどんな場面?〜源氏物語絵色紙帖 末摘花

荒れた邸で琴(きん)を弾く姫君

源氏絵色紙帖 詞青蓮院尊純 末摘花(A) 京都国立博物館蔵 出典ColBase 

読者は知っているのに、物語の中の人は知らないことってありますよね。『源氏物語』をあまり読んだことがない人でも、〈末摘花の姫君〉と聞くと、ああ、あの・・・。

でも、この場面では、源氏の君はなにも知りません。いやむしろ、末摘花の姫君に恋い焦がれている状態。

源氏の君は、乳母子めのとご*の大輔の命婦から〈亡くなった常陸の親王が、晩年にもうけて、とてもかわいがっておられた姫君が、亡父の邸で心細く暮らしている〉と聞きます。 *乳母子=乳母の子。乳兄妹。

常陸の親王が楽の名手だったことを知っている源氏の君は、その姫君が琴(きん)を話相手にひっそり暮らしていると聞き、がぜん興味を示します。

なぜなら、昔物語では、こんな公式があるからです。

荒れた邸+琴(きん)+父を亡くした姫君=絶世の美女

琴(きん)は、中国伝来の弦楽器で皇室に伝わっていました。琴柱が無く、弾くのがとても難しいようで、箏(そう)の琴や和琴(わごん)よりも格上のイメージがあります。

『うつほ物語』俊蔭巻では、父の俊蔭から秘琴を授けられた、俊蔭の娘が、父の死後荒れ果てた邸でさびしくくらしていましたが、小若君(のちの藤原兼雅)が琴(きん)の音色にひかれて邸を訪れて、一夜をともにし、仲忠が生まれます。

*『うつほ物語』
『源氏物語』以前に成立した長編物語。最初の俊蔭巻では、父の俊蔭から秘琴を授けられた、俊蔭の娘が、父の死後荒れ果てた邸で困窮している。あるとき小若君が琴(きん)の音色にひかれて訪れ、一夜をともにするが、その後、小若君は両親から外出をとめられ、訪れることができなかった。一夜の契りで仲忠が生まれる。その後、仲忠母子は森に入り、木の空洞に住む。森で暮らすうち、母子はますます美しくなった。仲忠が十二歳の時、小若君(藤原兼雅)が琴の音色をたどって、母子を探し当て、二人を邸に迎える。

『枕草子』には、皇后定子の御前で、女房たちが『うつほ物語』の主な登場人物である、仲忠と涼の優劣を議論したことが書かれています(七九段 返る年の二月二十余日) 当時の人たちが『うつほ物語』をとても熱心に読んでいたことがわかりますね。清少納言の‘推し’は仲忠のようです。

十六夜いざよひの月の夜

『源氏物語』末摘花巻に話をもどしましょう。末摘花の姫君のことを源氏の君に伝えた、大輔命婦は「姫君の性格や顔かたちなど、くわしいことはわかりません」(心ばへ容貌など、深き方はえ知りはべらず)などととぼけていますが、幼いときからこの邸に出入りしていたので、末摘花の姫君の性格も容貌も知らないはずがありません。それなのに源氏の君が、明らかになにか勘違いをして、盛り上がってしまったので、内心では、めんどうだなあ(わづらはし)などと思いながらも、姫君が弾くきんの音を聞けるようにお膳立てします。

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姫君が、かすかに掻き鳴らす音が、趣きがあるように聞こえる。どうということのない弾き方だけれど、きんの音色が格別なので、聞きづらいとはお思いにならない。ひどく荒れてさびしい所で、これほど高貴な姫君が、昔かたぎのやり方でとても大切に育てられたなごりもなく、亡き親王はきっと思い残すことがおありだろう。このような所にこそ、昔物語でも、深く心にしみるような出来事があるのだなどと、思い続けて、姫君に交際を申し込もうかしらと思うけれど、いきなりすぎるとお思いになるだろうかと気恥ずかしくて、ためらっておられる。

ほのかに掻き鳴らしたまふ、をかしう聞こゆ。なにばかり深き手ならねど、物の音がらの筋ことなるものなれば、聞きにくくも思されず。 いといたう荒れわたりてさびしき所に、さばかりの人の、古めかしうところせくかしづきすゑたりけむなごりなく、いかに思ほし残すことなからむ。かやうの所にこそは、昔物語にもあはれなることどももありけれなど思ひつづけても、ものや言ひ寄らましと思せど、うちつけにや思さむと心恥づかしくて、やすらひたまふ。

原文は小学館新編古典文学全集『源氏物語』末摘花巻による

大輔命婦は、宮中づとめをしているので、恋の駆け引きはお手のもの。この時も、ほんの少しだけ琴の音をお聞かせして、もっと聞きたいというところで、おしまいにします。あらが目立たないうちにね。

透垣のかげへ

親王の娘という身分に遠慮があって、さすがの源氏の君も、初回から強くは押せないようです。源氏の君は帰るふりをして、寝殿のほうに行ってみます。垣間見は得意ですから。

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源氏の君は、寝殿のほうに行けば、姫君の気配を感じることができるだろうかとお思いになって、そっとその場を去る。透垣すいがいが折れてほんの少しだけ残っているところに、近づいていくと、前々から立ってた男がいた。『誰だろう、ほかにも姫君のことを気にかけている好き者がいたのだ』とお思いになって、物陰によって隠れてみると、なんとそれは頭の中将だった。

寝殿のかたに、人のけはひ聞くやうもやと思して、やをら立ちのきたまふ。透垣のただ少し折れ残りたる隠れの方に、立ち寄りたまふに、もとより立てる男ありけり。誰ならむ、心かけたる好き者ありけりと思して、蔭につきてたち隠れたまへば、頭の中将なりけり。

原文は小学館新編古典文学全集『源氏物語』末摘花巻による

頭の中将は、左大臣の息子で、正妻の葵の上の兄。母(大宮)は桐壺帝の妹なので、宮中で育てられた源氏の君の、いわゆるご学友です。これから女性のもとに行く予定だったので、平安貴族のカジュアルウエア、つまり狩衣に着替えています。一方の源氏の君は直衣のうしのままですね。

こんなときにも、和歌の贈答

この日、源氏の君と頭の中将は同じころに宮中を退出しました。ところが、源氏の君の牛車は、左大臣邸(正妻の葵の上がいる)を素通りして、二条院(源氏の君の自邸)も素通り、いったいどこに行くのだろうかと後をつけさせると、この邸に源氏の君が入ったので、中から聞こえてくる琴の音を聞きながら、ここで待っていたと頭の中将は言います。

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   もろともに大内山は出でつれど 入る方見せぬいさよひの月
(いっしょに宮中〈大内山〉を出たけれど、入るところは見せない、十六夜の月のようなあなたですね)
と、恨み言をいうのは憎らしいが、この人(頭の中将)だったのかと思うとちょっとおもしろくなった。「ここで待っているなんて思いもよらなかったよ」と憎まれ口をたたきながら、

    里分かぬかげをば見れど 行く月のいるさの山を誰かたづぬる
(どの里もあまねく照らす月は見るけれど、月が入る、るさの山をいったい誰が尋ねるだろうかーーこんなところまで追いかけてこないでよ)

 もろともに大内山は出でつれど 入る方見せぬいさよひの月
と恨むるもねたけれど、この君と見たまふに、すこしをかしうなりぬ。「人の思ひよらぬことよ」と憎む憎む、
 里分かぬかげをば見れど行く月の いるさの山を誰かたづぬる

原文は小学館新編古典文学全集『源氏物語』末摘花巻による
詞 青蓮院尊純


釈文

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