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【一首評】一時間に一本のバス待つあひだ一杯の珈琲とマリトッツオひとつ ~「短歌人」2022年4月号より~

一時間に一本のバス待つあひだ一杯の珈琲とマリトッツオひとつ 杉本玲子

「短歌人」2022年4月号 P68

一時間に一本しかバスがこないという不自由さをどこか楽しんでいる雰囲気がいい。変化する数詞が妙に楽しいのだ。

また、<マリトッツオ>というスイーツのチョイスも絶妙だ。イタリア生まれの洋菓子で、日本でも一年くらい前からブームになっている。フワフワなパンの中に生クリームがふんだんに詰め込まれた、要するに生クリーム入りのパンである。
とはいえ「生クリームパン」や「生クリームサンド」というネーミングではここまでのブームにはなっていない。<マリトッツオ>なる異国の言葉と響き合うことで、我々は生クリーム大量摂取からくる罪悪感に目を背けることができる。我々はなんだかんだいって生クリームが大好きなのだ。その証拠にケーキの定番といえば、何十年経ってもいちごのショートケーキではないか。
同じくイタリア発祥のスイーツにティラミスがあるが、これではいけないのである。日本人の生クリーム信仰を出すまでもなく、もはやお馴染みのスイーツになってしまったのでそこに特別感を見出すのは難しい。

そんなわけで<マリトッツオ>に漂う異国感、ご褒美感は格別である。<一時間>に<一本>しかこないバスを待つという普通にしていれば無駄になりそうな時間を、<一杯>の珈琲と<ひとつ>のマリトッツオという具体を通して幸福で特別な時間へと転化させている。
もちろん変化する数詞の効果も大きい。<一時間><一本><一杯>という漢数字を連ねた上で、結句<ひとつ>による解放感。これは一個、一つでは得られないものだ。また、「ひとつのマリトッツオ」でもない。あえてリズムをずらして<マリトッツオひとつ>とすることでマリトッツオを上手く歌の中に馴染ませた。<マリトッツオ>止めでは強すぎるのだろう。緩やかな着地に成功している。

今年五歳になる姪は雨の日でも楽しそうに町を歩く。お気に入りの花柄のレインブーツを履いて、トイストーリーの傘を使えるのがうれしいようだ。この歌に触れてそんな姪の姿を思い出した。都市部で忙しない生活を送っていると忘れがちな不自由さを愛する姿勢をこの歌は思い出させてくれる。

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