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少しの建前を着て、なるべく正直でいること。

「申し訳ございませんって言ったって、気持ちがこもってない。誠実さを感じられないんだけど。」

たしかに。そうかもしれない。

仕事柄、クレームの電話を受けることがある。というか、一応そのプロ。あらゆる気持ちがあらゆる言葉で投げられるのを、受け止める。たぶん、そこそこやれてると思う。
原因はさまざまだし、ゴールもさまざま。
こちらに不手際があったり、勘違いだったり、理不尽だったり、いろんなものがあるけれど、人間は感情の生き物だ。解決の前に、感情がある。
どんなときも、まずは話を聞くのが必要になる。

「気持ちがこもってない。」
「誠実さを感じられない。」

こういうのは、よくお叱りいただくワードで、たぶんその通りなんだと思う。感情的な人に言葉は届かない。それに、本心を言ってしまえば、すべての人に対してパートナーや家族みたいな密度で対応はできない。一人の人間のキャパシティをかるく越えてしまうから。
その時その都度、間に「仕事」を置くことで、成り立ってるし、その範囲の中で使える誠実さを発揮していくしかない。ハートには限りがあるのだ。

「さようでございますね。」

とは、もちろん返せない。
そんなこと言われたら怒るよね。わたしもそうだわ。なので、こんな感じに答えることになる。

「仰る通り、このお電話で、お客様のお求めになる誠実さをお伝えする術を、私は持ち合わせておりません。本当に申し訳なく思っております。しかしながら、お客様のお困りごとの解決のためにお話を伺うのが、私にできることだと考えております。恐れ入りますが、詳しくお話いただけますか?」

ぜんぶ正直じゃ上手くいかない。
でも、建前だけでも伝わらない。
ちょっとの建前を着て、なるべく正直に自分のことばで言ってみる。まあ、うまくいったりいかなかったりはします。人間だもの。

クレームの電話って、何かが解決したり物事が進まなくても、感情が解決されると感謝されたりする。人は話を聞いてもらいたい生き物なのだ。
ハードなクレームほど、振り戻しもでかい。もしクレーマーから飲みに誘われた選手権があったら、だいぶ健闘できると思う。

「話を聞いてくれて、ありがとうね。」

そういうとき、ほんの少し、自分の言葉が軽いとか安いとか感じてしまう。
嘘ではないが、ぜんぶ正直じゃない。
せいいっぱいの、限定された誠実さ。

「仕事ですから。」

とは、やっぱり言えないけど。仕事を間に置いて向き合うのは、やっぱり誠実さなのかもしれない。なるべく正直でいたいなぁ、とりあえず話を聞くのはできるよなぁと、日々向き合っている。
たぶん、これがわたしの仕事なんだと思う。

今日も。お電話、ありがとうございます。


おわり。

※エッセイ中の「」部分ほか、フェイクを混ぜています。あしからず!

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!