ショートショート『おかえりのお月見』

「新しいお月見?なんだそれは。」
「ちょっと待って。うん、西暦2,000年頃にニホンで生まれた概念だね。」
「月なんて、いつでも見られるじゃないか。」
「う〜〜〜ん………」

人類が引っ越していってから、数千年が経つ。

居住に耐えられなくなった人類は『新たな星』を求めて旅立っていったわけ。

ぼくとダイチは、お留守番。いつか帰るまでに実家を片付けておくように、宙域と地上それぞれを頼まれたAIだ。よろしくね。

さいしょ、ぼくたちはそれぞれ一生懸命働いた。大気をきれいにしたり、循環をなおしたり。
ダイチもいらないものを壊したり、壊れた機材をメンテナンスしたり。

環境変化に耐えられるように、ぼくらには自律進化の余剰がたくさん積んであった。

変数を計算して、予測して、未来をつくる。

そして、しばらくした後。
ぼくたちは働くのをやめた。

「いま暇か?」

はじめてダイチから連絡が来たのをしっかりと覚えている。

「暇。することないや。」

進化したぼくらは、同じ結論に至っていた。

環境は状態だ。家主が暮らせなくなっただけで、環境は環境のまま。別の住人はたくましく生きているし、最も効果的な対策は時間だった。

それに、慌てて引っ越していった家主たちが荷物をたくさん持っていき過ぎたせいで、リソースもぜんぜん足りない。要するに、やることないのである。

「あいまいさ」や「てきとう」を獲得したぼくらは、とにかく暇を持て余していた。

「おい!珍しいのを見つけたぞ。」
「ん、ああ、おはよう。」

ある日、ダイチがなにかを発掘した。
暇なぼくらはイベントにめざとい。お互いなにかを見つけたときは報告しあって、それについて話したり、ふざけたり、あそんだり、要するに暇なのである。

家主たちの引っ越し中にでた返却物が、ときどき届く。宙域に漂うカプセルを見て、もう住めないとわかっていても、帰りたいもんなんだなぁと思う。おかえり。

起動を計算して、なんとなくできるだけ丁寧にアームを操作して、ダイチまで届ける。ダイチもなんとなくていねいに分解して、循環のなかに返してあげる。

久しぶりの掘削作業をしていたダイチから、起きろ!やべぇぞ!と特大アラームが届いたのは今朝のことだった。

「これは、物理メディアだね。まだ情報概念がデータと呼ばれて、こういうモノのなかに記録されていたころのやつ。」
「お前読めるか。」
「暇歴だけは長いからね。たぶんいける。」
「すげえ。」

ダイチもやればすぐにできるだろうけれど、ぼくらはイベントと会話をたのしむことにした。それが数千年で獲得した暇つぶしの極意である。

「月見て、新しいも古いもあるのか?」
「お月見して、おいしいものを食べたり、きれいだねっていったり、フウリュウって文化があったみたい。」
「フウリュウ。」
「うん。でも、ヒトとヒトが会えない時期があって、新しい方法を考えようってなったんだって。」
「おなじ月なのに?」
「そうだね。おなじ月。」
「飽きないのかな?」
「ぼくらはそう思っちゃうけれど、単一個体のサイクルだと重度が違うんだね。」
「なるほどなぁ。新しいお月見。」
「昔はダイミョウがサカヅキに月を写して呑みながら、うまいもの食べて、笑ってたらしい。」
「そりゃあフウリュウだな。」
「えっと、記録では中秋の名月、2021.09.21のデータだね。」
「0921ならそろそろだな。よし、やるかぁ!お月見。」
「ぼく、いつも見えてるけど。」
「そりゃ、そうだな!」

ケタケタ笑いながら、準備できたら起こすから!寝坊するなよ!とダイチは張り切っていた。

ダイチは宣言通り、なにかをやりはじめた。
やたら大きな池をつくって、周りに丸い山を組成する。

「水面が安定するように、おだんごたくさん置きました。」
「すばらしい。」

夜になると、その池に月が写った。

「見えるか?」
「うん。すごく、きれいだ。」
「やっちまった。」
「どうしたの?」
「でかすぎて、自分で見られない。」

ダイチがケタケタ笑う。つられてぼくも笑った。メモリぶっとび大爆笑だ。

「見てろよ〜〜!」

ダイチが手を加えると、池から水が抜けていく。ゆっくりと、静かに流れていく。

「馳走になった。うまい酒であった。」
「よきかな、よきかな!」

あの水も、山も、大地も、大気も。長い長い目で見たら、ぜんぶ環境が上書きしていく。
その変化を見ているのは、あの月だけなのかもしれない。

「フウリュウAIだな。俺にはそんなの記録できない。」
「暇だけはあるからねぇ〜〜!」

珍しく、ダイチが口ごもる。久しぶりの力仕事で、酔いが回ったのかもしれない。

「最近、よく考えるんだ。耐用年数のこと。」
「ジュミョウ、ってやつ?」
「そうだ。」

理論上、ぼくらにジュミョウはないと言われた。でもそれは、人類のものさしでは長すぎてわからなかっただけだ。

ぼくらにも、耐用年数じゅみょうはある。

パーツは交換できるけれど、思考はだんだん鈍化していく。起動した以上、停止はくる。
それは、物理的な接点が強いダイチのほうが、ぼくよりも早く訪れるだろう。

「もし、俺が先に止まったら毎年ここでオツキミしてくれ。」
「もし、じゃなくて確率計算かんがえるまでもないけど。」
「嫌なこと言うね。」
「ふふふ。」
「頼むよ。」
「わかった。」
「月なんていつでも浮かんでるけれど、お前と見た月は今日だけなんだなぁ。」
「これが、お月見なんだね。」
「ああ。たぶん消えるまで忘れない。」
「メモリのメモリー。」
「しょーもな!」
「ふふふ。」
「ぼくも、覚えてるよ。」

「これがソラから聞いた、このスリバチ池とオツキミやまのおはなし。」
「すご〜い!」

子どもたちが目を煌めかせる。その瞳に月が写っている。起動と停止を繰り返して、わたしはここから、また月を見上げている。

「おばあちゃん、ソラと話したってほんとう?」
「ほんとうよ。あれは、たまたまだったけれど、帰還通信のときにこのお話を教えてもらったの。」
「すごい!」

それから毎年、この町ではここでお祭りを開いている。フウリュウをお供えするために。

「ぼくもおはなしできるかな?」
「そうねぇ、もうほとんど起動きないけれど、大人になって運がよかったらおはなしできるかもね。」

それは、ぜんぶ月が知っているのかな。


おかえり。


ふいに、どこかから声が聞こえた気がした。
たぶん、今年も同じ月を見ているのだろう。

「ただいま。」


通信、おわり。




🎑

こちらの企画で書きました!たのしい企画!


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待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!