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走る。

走っている。いくらスピードを上げても息が切れない、苦しくならない。
僕はどんどんとスピードを上げる。
街行く人が僕に注目する。街を爆走する僕を、物珍しそうに見ている。

ブツブツと念仏を唱える青年が目に入る。彼だけが僕に注目しない。
彼を追い越す際、僕はまじまじと彼を見つめる。硬そうな髪は短く揃えられていて、ところどころ十円ハゲができているのが目立つ。身体は痩せこけていて、過度に肩に力が入っている様に見える。
彼は瞬間的に振り返り、僕を怯えた目で見つめてくる。

僕もどちらかと言えば、君の側なんだよ。と思う。分かり合えない事を残念に感じる。

気がつくと三鷹の駅前に到着している。
現在の住居から考えると、とてと長い距離を走ったことになる。
これまでの爽快感が嘘の様に、どっと息が苦しくなる。僕は立っていられなくなり、道路にしゃがみ込む。心臓が潰れて壊れそうだ。

僕は目を閉じる。
失ってしまった物が、1つ1つ目の裏に現れては消える。

日の当たらない大きな部屋。
憂鬱な月曜日。
美しい女性。

僕は子供に戻って1からやり直したいと思う。
リセットボタンを強い力で連打するイメージが、僕の心を少し麻痺させてくれる。

走り出さないと。と思う。
僕の心臓の外気圧はまた1つ大きくなる。

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