Sang comme paris Chapitre 1


その年の秋は、僕にとって、とても忘れられない小さな出来事が起こった。 それはうだるような夏が終わりすこし涼しくなり始めた頃、突然の訃報からはじまった。

     

改札を出ると、喪服をきた人たちがちらちらと目に入った。            知らない顔で階段を下りて駅前の喫煙所に向う。途中、僕も喪服を着ていたのでじろじろと見られる。歩きながらポケットを探ると煙草が切れていることを思い出して立ち止まる。買おうと思ったけど、お通夜に行くまでに財布を使うと縁起が悪いと聞いたことがあったので辞めた。             そのまま近くのバス停で、一緒に行く友人がまだ来てなかったのでしばらく雨宿りをすることにした。時刻表に寄りかかって軽くため息をつく。出発した時は大丈夫だったのに段々と耐えきれないというようにさっきからポツリポツリと雨をこぼしている。煙草に、雨に、運がないなと苦笑いをしているとミッキーの声を思い題した。                       「私、その笑い方キライよ」彼女は僕の自嘲した苦笑いを初めて見た時にそう言った。まっすぐ僕の目を見つめて。それ以来彼女のお店にいるときにこの苦笑いをすると500円罰金、というルールが作られ、お金を入れる貯金箱まで作られた。僕は心の中でごめんごめんといい、頭をかく。ミッキーはとても明るく、芯が強くて、素敵な女性だった。                  そんな彼女に僕は何度も心を救われたし、癒された。しかしさすがに今日はミッキーも落ちこんでいるだろうと思う。                 なんてたって今日は彼女のお父さんの御通夜なのだ。

バス停の屋根で雨宿りをしながら一緒に行く友人を待つ。

待ちながら再び僕はミッキーとの思い出に浸ろうと思った。思い起こされる数々のそれはまるでミッキーが亡くなったかのように僕を錯覚させ、少しだけ悲しい気持ちにさせる。一人でしんみりとしていたら後ろから声をかけられた。びくんとして振り向くとそこにはミッキーのクラブでホステスをしているケイちゃんが立っていた。「喫煙所に来ると思って待ってたんだよ。お前ならきっとこっちに来ると思ってな」ケイちゃんは少し笑って僕の肩を軽く叩いた。「切らしちゃって。ついでに傘もないんだ」と僕が言うとケイちゃんはしょうがねえなと言って持っていた傘を広げた。入れてもらう。そして煙草を一本くれたので二人で火をつけ。歩いて斎場に向かった。煙が顔の前を過ぎて後ろに消えていく。しばらく歩くと道が開け海が見えてきた。港の雰囲気は暗く、どんよりと重たい曇り空とすこし荒い波が空気を作っていた。暑さが過ぎたとはいえ、歩くとまだ少し汗が出てきた。ケイちゃんも同じらしく。ハンカチでぬぐっている。男モノの喪服から出てきたのはピンクにKと刺繍がしてあるハンカチで、僕は少し笑ってしまった。そういえば店以外の格好でケイちゃんを見るのは初めてだった。

ケイちゃんはこの街唯一のおかまバーのホステスさんで          ミッキーはそこのママさんなのだ。

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