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月明かりの道 (著)ビアス 株価変動の要因 小説

「霊媒師の陳述」と「アナリストの考察」
 仮にあなたが、霊媒師の予想をもとに株式投資をしているならば、どの銘柄を保有しているのかコッソリ教えて欲しいと思います。

 おおよそのトレーダーは、株価が暴落したときに、なぜ暴落がおきたのかその真相を知りたくなるはずです。例えば2020年の3月であれば、新型コロナウィルス感染症の拡大懸念による世界経済への影響が起因していることは明白です。しかし、本当によくわからない状況で株価の暴落が起きる場合があります。大体は、調整・調整と片付けておけばいいという輩が出てきます。それでも、いろんな人達がいろんな分析をするので、何が本当の要因(真因)なのかわかったものではありません。ネットや新聞記事、テレビニュースなどで多くの情報が錯綜します。

 この小説にも、あるひとつの事象に対して異なる陳述をしている者が3人登場します。そのうちの1人が”霊媒師ベイローラーズ”です。おそらく、この霊媒師はイタコのような人で、死者の声を現世に伝えることができるデバイスのような役割を果たしているのでしょう。

 1人目、2人目ときて最後はこの霊媒師です。ここで一気に物語が転換します。超常的な伏線はありましたが、それが確信に変わります。ただのオカルトやホラーと違い、こんな突飛な設定にもかかわらず読ませるんです。著者のビアス はこの辺の幽霊ものの扱いに非常に長けています。 自然に無理なく、霊媒師を滑り込ませるあたりに感心しました。タイトルの『月明かりの道』というのも読んでみるとしっくりくる内容になっています。

あらすじ
 裕福な地方の家庭で起きた殺人事件について、物語が展開します。殺害されたのは女性で、犯人は不明です。どのような状況で事件に至ったのか、その経緯が3人の陳述により明らかになっていきます。1人目の陳述は、殺された女性の息子です。2人目は、被害者の夫です。そして、最後の陳述者は上記の通り”霊媒師ベイローラーズ”を通して、今は亡き女性本人が登場します。


 結局のところ、誰が犯人? どういうオチ? ということが不明のまま謎は謎として終わるリドル・ストーリーの形式をとっています。ですから、事の真相が白日のもとにさらされると言うような推理小説とは異なります。最後に答えが出てスッキリさせたい、という小説を好む方が読むと、モヤモヤするでしょう。私はけっこうオチのない物語も楽しんで読めるタイプなので、後から色々と想像しています。

 しかし、株式市場においてはほとんどの場合はっきりと、株価の変動要因が分かる事はありません。一見もっともらしい論理的な理屈付けをするアナリストの考察で溢れています。小説を読んでいると、情報の整合性と言うのは、実は存在しないのではないかと感じさせられます。

 被害者の夫は嫉妬心や猜疑心が強い人間です。「猜疑心」を持つことが善悪の判断にはなりませんが、人から聞いたことをそのまま鵜呑みにしていては、市場の波に飲み込まれますし、独自の解釈で小説を楽しむことはできません。『月明かりの道』にせよ「株価変動の要因」にせよ、自分なりにこうだと推測して物語を組み合わせれば、少しは違った見方ができるかもしれません。

恐怖には頭脳はありません。恐怖はまったくの白痴なのです。恐怖が行う不気味な証言と、恐怖がささやく臆病心をあおる助言とは、全く結びついてはいないのです。私たちは、恐怖の王国に移ってきた私たちは、それをよく知っています。私たちは、永遠の薄暗がりの中で、私たち自身にさえ、またお互いにさえ見えない姿で、私たちの生前の生活の場にこっそり入ってきます。

引用元:(著)ビアス (作品名)ビアス 短篇集 (岩波文庫)
  ビアスは、芥川龍之介が彼の短編の素晴らしさに心を打たれ、日本に持ち込みました。彼の作品で『籔の中』はこの『月明かりの道』から着想を得たとされています。あの作品はもう少し登場人物、陳述が多かったと思いますが、思惑通りに事件は迷宮入りしています。”多襄丸たじょうまる”という魅力的なキャラクターも出てきます。長編は長編で読み応えがあって面白いですけど、掌編や短編の名手の作品は”無駄の削ぎ落とされた”濃い読書体験ができます。

 ボリュームの制限がかかればかかるほど、言葉を選び、構成を深く考えます。反対に、選択肢が増えれば増えるほど、そこに迷いが生じ冗長になってしまいます。情報が溢れれば溢れるほど、自分では判断できないほど間違った方向へ進む場合があります。

 正しい方向へと進むには、何か光が、月明かりのような光が射していれば、かろうじて前に進むことができるのかもしれません。

著者紹介
ビアス
『悪魔の辞典』のビアス(1842 ‐ 1914)はまた、芥川竜之介が「短編小説を組み立てさせれば彼ほど鋭い技巧家は少ない」と称賛した短編小説の名手である。北軍の義勇兵として南北戦争の激戦地で戦い続けたビアスは、この戦争で人間の生死をつぶさに眺め、人間をみつめ、社会を知った。短篇集『いのちの半ばに』他から15篇を収録。

引用元:(著)ビアス (作品名)ビアス 短篇集 (岩波文庫)

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