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*小説 私の後悔【前】


どうしてあの時言えなかったのかしら。
「あなたのおかげで私、本当の自分を取り戻せました。ありがとう」と。


後悔していること?

ありますとも。誰でもあると思います。

忙しい日々を過ごされる方々には、過去を振り返るのは難しいかもしれません。

対して私は白い天井を眺める日々ですから、残された時間は昔を思い返して過ごしているの。

楽しい、嬉しい、悲しい、辛い。どんな思い出も全てね。

その中でルールを設けているわ。それは「あの時こうしておけばよかった」と後悔しないこと。

仕方のないことでしょう?その時の私は最善のことをしたのだから。

ああ聞こえてきそうだわ。
「後悔していることがあるのに矛盾しているじゃないか」って。

そう焦らないで。今から話すから。


―――――――――――――…


まだ私が自分を押し隠していた頃でした。

カゾクという繋がりが分からないまま育ったものでして、心が満たされないまま年を重ねていました。


どうやら私の心の器には、愛情というものが注がれていなかったようで。


荒れ果てた地に一人取り残されていたような気分でしたね。


周りが輝いて見えました。

ある時はクラクラするような目眩が、またある時は胸が締め付けられるような疼きが長らく私を蝕んでいました。

辛い。けど誰にも言えない。

いつ何が飛んでくるか分からないような場所にいたものですから、少しでも気を許せば傷つけられると、経験から学びました。


自分で何とかしないと。

自分で満たさないと。


傷つかないように鎧をまとわないと。


性格、表情、言葉、思考、所作。周囲が求めるような姿にならないと。

そうしないとまた独りになる。

偽りの自分を演じ続けるとおかしくなるの。

これが本当の自分だと。

偽った私が選んだ道はとっても辛いことばかり。

全然満たされることがなかったわ。

本当の自分じゃないから。

誰かに自分のエゴを満たしてもらおうと振る舞っていた時もありました。

どのように振る舞えば相手が自分に興味を持つのか把握していたので、手に取るように分かります。

相手の意識が自分に向けられるまでは満たされたような気分でした。けれど、完全に向けられた途端に恐怖が押し寄せていました。

怖い。結ばれたらその先はどうなるのかしら。

同僚が「結婚するまでがピークだった」と言っていたわ。

それまでは相手の嫌なところが見えないくらい、恋にのめり込んでしまうのだと。

友人が言っていたわ。パートナーから毎日辛い言葉を浴びせられて「相手が自分を人として見ていない」と。

それを聞いた私は、それまで頭の奥底に眠っていた記憶が急にフラッシュバックしました。

いつ砕けるか分からない不安定の薄い氷の上にカゾクというものが成り立っていた我が家を。

とっくにひび割れて足下がおぼつかないのに、それでもなお「カゾク」と呪文のように語るあの言葉を。

カゾクだから、親しい間柄だから何をしてもいいのだと。

満たされたいのに、その代償が恐い。

けれど欲に抗えず、偽りの自分を演じる日々を送っていました。

そんな偽りの自分に限界を感じていた時にあの人に出会いました。


To be continued...


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