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*小説 猫のような君は【中】



さっそく誤解を招くような言い方をしてしまったことをここでお詫び申し上げる。
 
正直言うと、心を開いているかは定かではない。
理由は「猫」だからだ。
 
他よりは比較的仲の良い位置に自分がいる自信がある。
 
前述したとおり、彼女は職場では業務連絡以外あまり話さない。
自分もそうだ。
 
とは言いつつまったくではない。自分だけの空間では緩いトークをする。
いざ面識のある人やそうじゃなくても職場の人間が近づくと、ナチュラルにその場から退場する。

顔を見ずに気配を感じるところがまた猫っぽい。

尻尾を隠しているのではと上半身だけ後ろにずらして確認すると、向こうはすぐに察知して怪訝な顔をしていた。
 
数少ない連絡先リストに自分の名前は入っているものの、頻繁に連絡するわけでもない。
 
あっても向こうの気分で連絡が来たかと思えば返信が来なくて自然とチャットルームが閉じられていることもある。
 
こんな自由気ままな「猫」が知り合いにいたら皆さんはどう思うだろうか。
 
人の数ほど意見が出てくるだろう。
 
付き合いが長ければ個性として認めてくれる人もいれば、反対に癪に触って距離を置くとう人もいるだろう。
はたまた同類で気にも止めないというのもあるかもしれない。
 
自分はというと、「猫」の寂しげな一面を知り気になってしまった。
 
 

―――――――――――…



 
きっかけは今の状況が逆、つまり自分が外で休憩場所を求めてさまよう彼女を同席させたのが始まりだった。
 
どうしてそうしたのか。とっさに身体が動いていた。
 
あの日も電車の遅延でしかも不運にも乗り換え先でもトラブルがあった。

人によっては泣き面に蜂だろう。再開しても、寒い中何時間も電車を待たないといけないぐらい深刻だった。
 
彼女は席に着くなり自分と目を合わせずぼんやりと外を見ていた。
まるで早く時間が過ぎて、電車が動くのを願うかのように。
 
その時の彼女はいつもどおり飄々としているものの、こちらに表情を読み取らせまいと警戒しているように見えた。
 
時折こちらが投げかけても頭で考えた言葉をまくし立て、話し終わると視線を外あるいはテーブルに向ける。

すでに用意していた言葉を間髪入れずに淀みなく話す姿とはかけ離れている。
 
何が彼女をそうさせるのか。
 
外にいた彼女はまるで。
 
 
「猫みたいだった」
「……え」
「(やば、つい声に)さっき外で見かけたとき、濡れた子猫みたいでさ。あったまるとこに入れないとなーと思って声かけたんだ」
 
 
営業で培ったトークのおかげで事なきを得た…と締めくくりたかったと後悔した。
思いつきで言ったもんだから次何言うかなんて考えてない。
 
笑ってごまかしたいところだが、おそらく無反応だろう。

普通なら。何も知らない頃だったからそう決めつけていた。

 
 
「…そこは子犬じゃないんですか。あれですよね、段ボールに入れられた」
「そうそう、犬より猫っぽかった」
「何で猫なんですか。私そんなに餌あげたいように見えましたか」
 
 

なんだなんだ。思いもよらない展開になってるぞ。
彼女ははっとしてまっすぐ見据えた視線はどこへ行ったのやら、気まずそうにしている。
 
もしかして彼女こっちが素なんじゃないのか?
 
 
「とりあえずさ、何か頼んだら?電車待ちだよね。温かいものとか」
「そうですね。時間かかりそうですし」
「ココア?カフェオレ?」
「そんなにミルクあげたいなら行ったらどうですか。会計済ませてからで」
「うわ、手厳しい」
 
 
なんだかんだ言ってココアを頼んだから説得力に欠けてるな。
指先の冷えを取ろうとカップを両手で持ったまま離さない。
 
さっきのやり取りで彼女から警戒心は和らいだように見えた。
 
その根拠に彼女から話してくれている。
彼女にとって今日は厄日だった。
 
 
「何でこんな寒い日に限って遅延…しかも最寄りまで」
「それは踏んだり蹴ったりのようで」
「他人事ですね」
「他人事ですよ。30分もかからないし」
「そんな優良物件あります?」
「これがあるんですよ。そこのエリア全てが高いわけじゃないし。1駅離れるだけで結構いいとこあるよ」
「ネットにはそんなこと書いてなかった」
「人から聞いた情報も良いものですよ」
 
 
聞けば海外に行ったことがないらしい。
行こうと試みたことは何度かあったそう。

国名治安と検索しては躊躇い、ネットニュースを見てさらに足が遠のくを繰り返しているとか。
 
 
「パスポート取ったのにどんどん効期限が切れていく…」
「パスポートあるなら後はどこ行くか決めてらすぐだって。まずは手始めに親日国の台湾とか。で、そこでいい思い出できたら次も行きたくなるし」
「…なるほど。営業マンが言うと説得力がある」
「セールストークがここで活かされてよかった。猫の下りはあれだけど」
 

 
熱心にタブレットでメモを取る手が止まった。
言われることは想像がつく。すぐに犬と訂正されるだろう。
 
あれだけ猫と言われて抵抗していたのだから。
 
 
 
「…間違ってないですよ」
「え?」
 
自分は彼女のことを分かっているようでそうじゃなかった。
 


To be continued…


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